第79話 零戦五四型

 空母「赤城」から発進した第二次攻撃隊指揮官の村田少佐の目に最も南に位置する敵機動部隊の姿が映り込んでいる。

 第二次攻撃隊の目標は三群ある敵空母部隊の撃滅だ。

 すでに攻撃隊の割り振りは済ませてある。

 最も北に位置する空母群には甲部隊、中央は丙部隊と丁部隊が共同で、そして最も南に位置するものを自分たち乙部隊が攻撃する。

 甲部隊は二五番を搭載した零戦が二四機に航空魚雷を装備した天山が七二機。

 丙部隊と丁部隊は合わせると零戦が七二機に天山が一〇二機。

 自分たち乙部隊は零戦が三六機に天山が六〇機だ。


 これらのうち、中央の空母群は丙部隊と丁部隊が間違いなく撃滅してくれるだろう。

 大小四隻の空母に対して一〇〇機を超える雷撃機は必要にして十分な数だ。

 問題は甲部隊と乙部隊だ。

 両部隊はともにそれぞれ二隻ずつの「エセックス」級と「インデペンデンス」級を擁する機動部隊に攻撃を仕掛けるが、一度に四隻を撃沈できるかどうかは微妙だ。

 天山の少ない自分たちは特に厳しい。

 あるいは「エセックス」級空母に的を絞って攻撃すべきか。

 村田少佐の逡巡はごくわずかな時間だった。


 「戦闘機隊は小隊ごとに外周の巡洋艦ならびに駆逐艦を狙え。目標選定は戦闘機隊長に一任するが、各小隊の目標が重複しないよう注意せよ。

 艦攻隊については『飛龍』隊は左前方の大型空母、『蒼龍』隊は右前方の同じく大型空母を狙え。『赤城』第一と第二中隊は左後方、第三と第四中隊は右後方の小型空母を目標とする。全機突撃せよ!」


 村田少佐が言うが早いか、三六機の零戦が四機ずつに分かれ、輪形陣の外郭を守る巡洋艦や駆逐艦に殺到する。

 九九艦爆や彗星と違い、急降下爆撃能力が付与されていない零戦は緩やかな角度で敵艦上空を航過、腹に抱えていた二五番を投下する。

 引き起こしを必要とする急降下爆撃に比べ、目標上空を高速航過できる緩降下爆撃は、目標とされた敵艦からみれば対空射撃に確保できるリアクションタイムが少なく、それゆえに撃墜が困難だ。


 一方、零戦が投下した二五番は戦艦や空母といった大型艦相手には威力不足だが、それでも装甲の薄い巡洋艦や無きに等しい駆逐艦が相手であれば絶大な効果を発揮する。

 特に船殻の薄い駆逐艦であれば至近弾でさえ時に致命傷になったりもする。

 投弾前に撃墜された二機を除く三四機が投じた二五番のうちで直撃したのはわずかに六発。

 二割に満たない命中率はかつての九九艦爆による急降下爆撃の命中率を思えば目を覆いたくなるような惨憺たる成績だ。

 だが、一方で撃墜された機体も最終的には三機にとどまり、一割に満たない被撃墜率は九九艦爆の損耗率を考えれば遥かにマシだと言えた。


 米軍がVT信管を用いてでさえこの程度の被害で済んだのは零戦五四型の防弾装備が充実していたことが大きい。

 実際のところ、撃墜されなかったというだけで被弾機は続出していたのだ。

 もし、これが同じ零戦でも二一型や三二型といった防御力が貧弱な機体で緩降下爆撃を行っていたとしたら、とてもこの程度の損害では済まなかっただろう。

 それと、直撃弾が六発に終わったとはいえ、二五番の水中爆発の威力は小さくない。

 その威力のおかげで、あるいは船殻の薄さのせいで有効至近弾になったものも少なからずあるはずだ。

 最終的に直撃弾を食らった二隻の巡洋艦と四隻の駆逐艦が猛煙を噴き上げ、さらに舷側すれすれでさく裂した二五番によって水線下に亀裂や破孔を生じた三隻の駆逐艦の行き脚が奪われる。

 鉄壁だったはずの輪形陣は、だがしかし零戦隊の緩降下爆撃によって思いのほかあっさりと瓦解する。

 猛煙をあげてのたうつ巡洋艦や駆逐艦、そのわきをすり抜け、六〇機の天山が必殺の魚雷を叩き込むべく大小四隻の空母に急迫、突撃態勢に移行した。

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