第78話 空の落ち武者狩り

 接触機からこちらに向かってくる敵戦闘機の数が百数十機にしか過ぎないということを聞いた時点で進藤少佐は勝利を確信する。

 すでに、マリアナの基地航空隊から紫電であればF6Fヘルキャット戦闘機に対して優勢、逆に零戦五四型であれば互角かあるいはわずかに不利といった情報を得ている。

 ほんの少し前に生起した戦闘であるのにもかかわらず、その詳細と戦訓が即時に他の部隊に提供されるところとなった意義は大きい。

 この件については、どうやらジュンという神の眷属による貢献が大きいらしい。

 人づてに聞いたところによれば、彼は情報通信システムの構築と整備、さらにそれらに携わる将兵たちの情報に対する意識改革を殊更熱心に進めていたとのことだ。


 「情報は時に戦闘機の数よりも空戦に大きな影響を与えることがある」


 事あるごとにジュンはそう語っていたそうだ。

 そして、その恩恵に今、自分はあずかっている。

 マリアナに展開していた基地航空隊の戦闘機搭乗員の練度は決して低いものでは無かった。

 だが、それでも相次ぐ基地航空隊の急拡張に対応するために技量未熟あるいは実戦経験が無い者も少なからず含まれていた。

 一方、空母戦闘機隊のほうは狭い飛行甲板に着艦できる技量が要求されたから、当然ながら下手くそは一人もいない。

 基地航空隊の零戦が互角かやや不利であれば、空母零戦隊のほうは逆にF6Fに対して互角以上に戦えるはず。

 それに加え、数の優位はこちらにある。

 意識して強気であろうとする進藤少佐の目に、まるで青いキャンバスにゴマ粒が染み出してくるかのような光景が飛び込んでくる。

 三〇機ほどの編隊が五つ。

 同高度を左右に広く展開している。

 事前情報にあった通りだ。


 「『翔鶴』隊と『加賀』隊は最左翼、甲部隊中央左、乙部隊中央、丙部隊中央右、丁部隊は最右翼の編隊を攻撃せよ」


 戦力が偏らないよう進藤少佐は攻撃目標を指示する。

 それぞれの目標に対して四八機ずつに分かれた零戦が進藤少佐の命令一下、解き放たれた野獣のごとく突っかかっていく。

 ドイツから入ってくる電装系部品や潤滑油、それに工作機械のおかげで金星発動機の信頼性は以前にも増して上がっている。


 一方、数的不利を先制攻撃でカバーしようというのか、かなりの距離があるのにもかかわらずF6Fは翼内に収めた六丁のブローニング一二・七ミリ機銃を撃ちかけてくる。

 それを軽々とかわし、進藤少佐はF6Fと交錯直後の急旋回であっさりとその背後を取ると同時に全周を見回す。

 第一次ミッドウェー海戦から登場したと言われるサッチ・ウィーブ戦術への警戒を怠るわけにはいかない。

 好餌だと思ったF4Fに注意を奪われ、その側背を別のF4Fにつかれて撃ち墜とされた友軍戦闘機は決して少なくはないのだ。

 周辺に敵機がいないことを確認した進藤少佐は一気に加速、F6Fの背後へと食らいつく。

 事前情報によれば、零戦はF6Fに対して最高速度こそ及ばないが、逆に上昇力や戦闘速度に達するまでの加速はむしろ優越しているという。

 馬力はF6Fの七割からせいぜい八割程度でしかない一方で重量のほうは六割にも満たないからそれが大きな要因だろう。


 自分に正しい情報を与えてくれたマリアナの基地航空隊や第三艦隊司令部、それにスムースな情報共有システムの構築に尽力してくれたジュンへの感謝を抱きつつ、進藤少佐は二〇ミリ弾と一三ミリ弾を眼前のF6Fに容赦なく叩き込む。

 太さの違う四条の火箭がF6Fの機体のそこかしこに突き刺さると同時に同機体は盛大に炎と煙を吐き出し、機首を下に向けて真っ逆さまに落ちていく。

 いくら防御力に優れていようともしょせんは単発艦上機だ。

 時に四発重爆にさえ致命傷を与える二〇ミリ弾と一三ミリ弾のシャワーを、しかも至近距離でまともに浴びてしまってはさしものF6Fもさすがにもたない。


 進藤少佐がF6Fを撃ち墜とした頃には大勢が決していた。

 もともと零戦のほうが五割乃至六割も多かったうえに初撃でF6Fに大打撃を与えたから戦力比はさらに隔絶している。

 生き残ったわずかなF6Fを複数の零戦が追いかけまわす。

 それは、まるで集団リンチかあるいは空の落ち武者狩りのようだった。

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