第74話 米艦隊襲来

 米軍の戦力は俺の予想を大きく超えていた。

 昭和一九年六月一一日早朝、トラック島を発った三〇〇機のB24がグアムの飛行場に殺到。

 グアムの友軍戦闘機隊がB24に拘束されている間にこんどは米空母から飛び立ったF6Fがテニアンとサイパンを空襲、テニアンには約二五〇機、サイパンに至っては三〇〇機を超える機体が来襲したという。

 当時、グアムやテニアン、それにサイパンにはそれぞれ二〇〇機近い零戦や紫電が配備されており、それらは優勢な敵に対して果敢に迎撃戦を展開した。

 グアムの戦闘機隊は一〇〇機あまりのB24を、テニアンとサイパンの戦闘機隊はそれぞれ二〇〇機余のF6Fを撃墜するという大戦果を報告してきたが、一方で被害も大きく、彼らに敵機動部隊に反撃する余裕はなかった。


 夜になると米戦艦部隊がグアムとテニアン、それにサイパンの飛行場に対して艦砲射撃を仕掛け、滑走路をことごとく耕してしまった。

 ただ、後知恵によって米軍の戦術を知る俺は、こうなることをあらかじめ警告しておいたので、稼働機のほとんどは事前に硫黄島やヤップ島に避退、撃破されたのはそのほとんどが飛行不能な損傷機ばかりだった。

 現地からの報告によれば、翌一二日も早朝から米艦載機の空襲があり、グアムとテニアン、それにサイパンに合わせて五〇〇機以上がとどめとばかりに飛行場や日本軍陣地に猛爆を仕掛けたとのことだ。


 これらの中で、戦艦の艦砲射撃については作戦前にマリアナの航空隊とひと悶着あった。

 サイパンやテニアン、それにグアムには最新鋭陸上爆撃機銀河が配備されていた。

 九六陸攻や一式陸攻を遥かに上回るスピードを持つ帝国海軍期待の韋駄天爆撃機だ。

 そして、そんな機体があれば艦砲射撃を行うために自分たちに近づいてくる米戦艦に対して夜間雷撃を仕掛けたくなるのが人情だ。

 だが、米艦隊に夜戦型F6Fが配備されていることを知っている俺は、当然ながら戦艦の頭上をそれら機体が守っていることもまた理解している。

 なので、俺は南雲連合艦隊司令長官に頼んで夜間雷撃の禁止と同地の航空隊の速やかな避退を頼んでおいたのだ。

 孫のいうことならなんでもはいはいと聞く好々爺のように俺の進言を受け止めてくれた南雲長官は、すぐに連合艦隊司令長官名でマリアナ基地に展開する航空隊に対して夜間雷撃の禁止とともに地上撃破を避けるための各機の早期避退を厳命してくれた。


 「どうやら、こちらの事前予測を遥かに上回る戦力で米軍は押し出してきたようですな」


 第一機動艦隊旗艦であり第三艦隊旗艦でもある最新鋭空母「大鳳」の艦橋で小沢司令長官が世間話でもするかのように俺に話しかけてくる。

 その目に批判の色は無い。


 「ええ、俺の見込み違いでした。昨年の第三次ミッドウェー海戦で『エセックス』級空母と『インデペンデンス』級空母を合わせて八隻も撃沈したのだから米海軍はかなり弱体化しているものだとばかり思い込んでいました。まあ、艦艇と航空機の数に関してはほぼ予想通りだったのですが、一方で将兵の質は以前と比べてさほど落ちていないようです。

 二度の珊瑚海海戦と三度にわたるミッドウェー海戦で乗組員や搭乗員を大量に喪失したのにもかかわらず、これだけの練度を維持しているのですから米軍の教育養成システムはそうとうに洗練された効率の良いものなのでしょう。

 とても昨年と一昨年に万単位の将兵を失った組織とは思えません。海軍将兵という戦う洋上の技術者を養成するのには平時であれ戦時であれ相当に時間がかかるはずです。だがしかし、それを米軍はあっさりとやってのけた」


 小沢長官もまた米軍の人的回復力には思うところがあるのだろう。

 少し考え込む様子を見せる。


 「米将兵の練度については事前想定よりも上方修正をしておいたほうが無難ですな。ところでジュンさん、戦果についてはどう考えますか。四発重爆を一〇〇機、敵戦闘機を四〇〇機撃墜というのは相当な戦果だと思いますが」


 「ふつうに考えれば実際の戦果はその三分の一か四分の一。まあ、どんなに甘く見積もっても半数を超えることはないでしょう」


 「ジュンさんのおっしゃる通りであるならば撃墜した敵戦闘機は一〇〇機から一五〇機程度、重爆のほうは三〇機程度ということになりますな」


 「それだって大戦果には違い無いでしょう。

 こちらの損失は未帰還が一〇〇機ほどに再使用不可のダメージを被ったものがほぼ同数。数的不利のうえに旋回性能以外はすべての面で劣っている機体で同等かあるいはそれ以上の損害を相手に強いたのですから、マリアナの戦闘機搭乗員たちは大健闘したと言ってもいいと思います。それに、それだけ撃墜したのであれば、撃破した機体もまた相当数にのぼっているでしょうし」


 「米艦隊の艦載機隊は弱体化しているということですか」


 「そう思います。で、俺はその弱った米艦隊をさらに弱らせに行きます」


 ニヤリと笑う俺に、しかし小沢長官は心配そうな顔を向けてくる。


 「しかし、いいのですかジュンさん。これまでもあなたが危険をかえりみずに尽力してくださったことは重々承知していますが、今回のそれはあまりにも危険です。それに、もしあなたに何かあれば私は南雲さんに殺されてしまう」


 最後は冗談めかした口調になったが、心配してくれているというのは本当だろう。

 だから、安心してくれとの意を込めて俺は決意表明をする。


 「被害を最小限に抑え込んだうえで米艦隊に勝つための策は一つしかありません。 うぬぼれるわけではありませんが、これが出来るのは俺だけです。

 期待の人が俺ならば、それをやり遂げるまで。それと、ご心配なく。必ずここへ帰ってきます」

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