第73話 雄牛の秘策

 「グアムに対してはトラックからのB24重爆による波状攻撃によって同地の敵戦闘機隊を拘束します。その間に第一から第三任務群はサイパンを、第一一から第一五任務群は艦載機でテニアンを攻撃します。

 サイパンとテニアンに関しては当初はあくまでも戦闘機による航空撃滅戦のみとし、制空権を完全に掌握するまでは急降下爆撃機も雷撃機も出すことはしません」


 航空参謀の説明を聞きつつ、第三艦隊司令長官のハルゼー提督は苦い思いをその表情に出すまいと努力している。

 サイパンを攻撃する第一と第二、それに第三任務群はいずれも「エセックス」級正規空母と「インデペンデンス」級軽空母からなる純然たる戦闘部隊であり、またグアムを攻撃するB24は抗堪性の高い四発重爆だから特段の支障は無い。

 問題なのはテニアンを攻撃する第一一から第一五までの五個任務群だった。

 これら任務群には合わせて二〇隻の護衛空母と四八〇機にも及ぶF6Fヘルキャット戦闘機が配備されている。

 第一から第三までの任務群と日本の連合艦隊を除けば世界最大の航空戦力を擁する艦隊といっても差し支えないだろう。

 だが、その基幹戦力である護衛空母は防御力が薄弱で、爆弾であれ魚雷であれ当たり所が悪ければ一発で轟沈してしまうような脆弱な艦だ。

 そのような艦を最前線に引っ張り出してまで戦わなければならないほどにマリアナにおける日本軍の航空戦力は強力だというのだ。


 「サイパンとテニアン、それにグアムに展開する日本軍の航空戦力は一〇〇〇機に及ぶものと推定されています。さらに、これに第一機動艦隊を加えればその数は一七〇〇機にものぼります。

 一方、我が第三艦隊のほうは一四〇〇機余、これにトラックの七〇〇機が加わりますが、実際に戦力になるのは脚の長いB24だけで、こちらは三〇〇機程度にしか過ぎません。もちろん、同じ一機でも四発重爆と単発の艦上機では戦力が違いますから同列に比較することは出来ません。

 それでも単純な数の上では拮抗している。この状況で脆弱さを理由に護衛空母を戦列から外すことは、敵を利することはあっても我が方に利はありません」


 そう説明する航空参謀に対し、各級司令部からは当然のように異論が出る。


 「航空参謀が言うように、護衛空母は極めて打たれ弱い艦種だ。ふつうの商船に飛行甲板をとってつけただけの艦と言ってもいいだろう。しかしそんな脆弱極まりない空母にテニアンを叩かせるというのは少々無理が過ぎるのではないか。

 ここはトラックの基地航空隊と共同で第一から第三任務群でグアム、テニアン、サイパンの順に南から突き上げていくべきだろう。何も馬鹿正直にこちらの全力でいきなりマリアナの三つの島を叩く必要は無い。

 こちらの正規空母や軽空母の機動力を生かしつつ敵の分力を第一から第三任務群の全力で叩き、護衛空母は後方で正規空母や軽空母の頭上を守り、そのうえで消耗した航空機の補充艦の役どころに努めればいいではないか」


 護衛空母を前面に押し出す作戦に反対する第一一任務部隊司令官に一定の理解を示しつつ、ハルゼー提督は重い口を開く。


 「二度までも惨めな敗北を喫した俺が言っても説得力があるのかどうかは知らんが、敵は素早いぞ。それに、鼻も利く。我々がサイパンとテニアン、それにグアムを順繰りに撃破し終えるまでに第一機動艦隊は戦場に現れているはずだ。

 それにマリアナに展開する基地航空隊と連合艦隊だけが脅威というわけではない。敵にはジュンという決定的な存在がいる。そいつはどうやっているのかは分からんが、常に我々の行動を正確に先読みしてきた。そう、まるで未来に起こる出来事を知っているかのごとくにだ。

 つまり、今回も相当に早い段階で日本の艦隊が我々の前に立ちはだかることは間違いない。それに、どうやっているのかは分からんが監視任務の潜水艦が次々にその消息を絶っている。連中が海中に潜む潜水艦を容易にあぶり出せる兵器を持っているのかどうかは分からんが、ひょっとしたらそれもジュンの仕業かもしれんな。

 まあ、それは冗談だとしてもだ、いずれにせよ悠長に敵を各個撃破していけるような時間的な余裕は我々には無い。日本の艦隊は間違いなくすぐ近くにまで来ているはずだ」


 断定口調のハルゼー提督に、第一一任務部隊司令官は押し黙る。

 一分一秒の差が生死を分かつ洋上航空戦を経験してきたハルゼー提督に時間が無いと言われてしまえば反論は出来ない。

 ジュンという悪魔のことであればなおさらだ。

 勝敗はともかく、実戦経験においてハルゼー提督に勝る指揮官は誰一人としていない。

 ハルゼー提督の助け舟に一瞬ほっとした表情を見せた航空参謀は先を続ける。


 「護衛空母群に関しては作戦初日に約半数のF6Fをもってテニアンの戦闘機隊を叩いてもらいます。日没後は第五と第六、それに第七任務群による夜間艦砲射撃によってグアムとテニアン、それにサイパンの飛行場を砲撃しますが、護衛空母群は夜明けと同時に残り半数のF6Fでテニアンの敵航空戦力にとどめを刺します。

 その後は護衛空母群は後方に下がり、残余の機体は第一から第三任務群への補充機として移動してもらいます。なので、護衛空母群が矢面に立つのは実質一日半にしか過ぎません」


 一気呵成にしゃべり終えた航空参謀、そこに別の司令官から疑問の声が上がる。


 「そうなると、日本の艦隊と戦うのは実質上、第一任務群と第二任務群、それに第三任務群のみとなってしまう。これら三群には合わせて九〇〇機近い航空機があるが、その多くが対艦攻撃能力の無い戦闘機だったはず。敵艦隊を撃破するにはいささか戦力不足のように思えるが」


 「司令官のご懸念はもっともですが、一方でF6Fは両翼にそれぞれ一〇〇〇ポンド爆弾を搭載出来ますし、その気になれば魚雷を積んで戦うことも可能です。それに少ないとはいってもSB2Cは一六八機、TBFのほうは一三五機がありますから対艦打撃能力は決して小さいわけではありません。三〇〇機もあれば、十数隻の日本の空母すべてを撃破することも十分に可能です。

 それと、三群ある戦艦部隊は飛行場への艦砲射撃を終えた後は集結し、日本の水上打撃部隊に対する備えとして機動部隊の前衛に配置します。戦艦九隻に巡洋艦が六隻、それに駆逐艦が二四隻の大所帯となりますが、一つの戦闘単位としての合同訓練も十分に積んでおりますので問題はありません」


 数字を根拠に説明を重ねる航空参謀に疑問を発した司令官も首肯する。

 確かに、三〇〇機を超える急降下爆撃機や雷撃機があれば、十数隻の空母を同時撃破することは容易ではないものの、かといって不可能というほどでもないだろう。

 旧式とはいえ戦艦九隻の水上打撃部隊もまた心強い。

 日本の水上打撃部隊の阻止線を突破し、航空攻撃でダメージを受けた敵空母を仕留めるのには十分と言っていい戦力だろう。

 航空参謀の説明によって周囲から戦力に対する不安が薄れていくのを看取したハルゼー提督は己が温めてきた秘策を開陳する。


 「連合艦隊ついては何も心配する必要は無い。戦力は我々のほうが上回っている」


 一呼吸置き、ハルゼー提督は怒りの色を滲ませつつ語調を強め続ける。


 「敵はジュン一匹だけだ。奴にはこれまで何度も煮え湯を飲まされてきた。

 だが、今回はそうはいかん。正規空母に配備している夜戦型F6Fはすべて手練れで固めている。さらに小型空母にも同じようにジュン抹殺のための腕利き小隊を用意した。奴が昼に来ようが夜に来ようが彼らがジュンの乗る複葉水上機を確実に撃破してくれるだろう。

 もちろん、奴が放つ炎弾によって何機かは失われるだろうが、それは必要経費だ。悪魔相手に多少の犠牲は止むを得ん。

 もう一度言う。連合艦隊は怖くない。怖いのはジュンだ! 奴さえ始末すればこの戦いは間違いなく我々の勝利で終わる」

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