第72話 米第三艦隊出撃

 ミッドウェー海戦以降、太平洋艦隊は敗北続きだった。

 その敗軍の将の自分がいまだ詰め腹を切らされることもなく太平洋艦隊司令長官の椅子に座っていられるのは海軍上層部の庇護によるものだろう。

 だが、それ以上に大きいのは言うまでもなく人材難だ。

 ミッドウェー海戦以降に生起した第二次珊瑚海海戦と二度にわたるミッドウェー海戦。

 そこで、合衆国海軍の将来を嘱望された戦隊司令官や主力艦の艦長たちのそのことごとくが失われてしまったのだ。

 そうでなければ、自分はとっくに予備役になるかあるいは閑職に回されていたことだろう。

 ニミッツ長官は、少しばかり冷めた目で眼下に展開する艨艟群を見つめている。

 昨年一〇月の第三次ミッドウェー海戦以降、合衆国海軍が全力で整備してきた戦力がそこにはあった。



 第三艦隊

 第一任務群

 「エンタープライズ2」(F6F六〇、SB2C二四、TBF一五、夜戦型F6F四)

 「イントレピッド」(F6F六〇、SB2C二四、TBF一五、夜戦型F6F四)

 「レンジャー2」(F6F六〇、SB2C二四、TBF一五、夜戦型F6F四)

 「モンテレー」(F6F二八、TBF六)

 軽巡二、駆逐艦一二


 第二任務群

 「フランクリン」(F6F六〇、SB2C二四、TBF一五、夜戦型F6F四)

 「ヨークタウン2」(F6F六〇、SB2C二四、TBF一五、夜戦型F6F四)

 「ラングレー」(F6F二八、TBF六)

 「カボット」(F6F二八、TBF六)

 軽巡二、駆逐艦一二


 第三任務群

 「バンカー・ヒル」(F6F六〇、SB2C二四、TBF一五、夜戦型F6F四)

 「ホーネット2」(F6F六〇、SB2C二四、TBF一五、夜戦型F6F四)

 「バターン」(F6F二八、TBF六)

 「サン・ジャシント」(F6F二八、TBF六)

 軽巡二、駆逐艦一二


 第五任務群

 戦艦「メリーランド」「コロラド」「ネバダ」

 軽巡二、駆逐艦八


 第六任務群

 戦艦「テネシー」「カリフォルニア」「ペンシルバニア」

 軽巡二、駆逐艦八


 第七任務群

 戦艦「ニューメキシコ」「ミシシッピー」「アイダホ」

 軽巡二、駆逐艦八


 第一一任務群

 護衛空母四、駆逐艦八(F6F九六、TBF一二)


 第一二任務群

 護衛空母四、駆逐艦八(F6F九六、TBF一二)


 第一三任務群

 護衛空母四、駆逐艦八(F6F九六、TBF一二)


 第一四任務群

 護衛空母四、駆逐艦八(F6F九六、TBF一二)


 第一五任務群

 護衛空母四、駆逐艦八(F6F九六、TBF一二)


 第二一任務群

 重巡六、軽巡四、駆逐艦一六、護衛駆逐艦や掃海艇など護衛艦艇多数



 小型の護衛艦艇を含めれば三〇〇隻、それに一四〇〇機あまりの艦上機を擁する一大戦力が目指すのはマリアナ諸島。

 目的は同地を占領して最新鋭重爆B29が日本本土を空襲するための拠点を築き上げることとされている。


 だが、ニミッツ長官は実際のところは四選を目指すルーズベルト大統領の手柄欲しさの愚行だと考えている。

 あと三か月待てば二〇〇機、半年待てば四〇〇機の増勢が「エセックス」級空母の就役によってかなう。

 後になればなるほど米国の勝率は跳ね上がっていくのだから、何も無理して今仕掛ける必要は無い。

 だが、大将という高い位を持つ太平洋艦隊司令長官といえどもしょせんは軍人の一人、組織の歯車にしか過ぎない。

 データとそれに基づく正論で反対意見を述べようとも、大統領によって却下されるかあるいは罷免されるのは目に見えている。

 ならば、命令に従い戦うしかない。

 それに自身も日本軍に負けっぱなしで軍を去るつもりはなかった。


 航空戦力に関しては機動部隊と護衛空母群、それにトラック島に展開したB24爆撃隊があるのでさほど心配は無かった。

 むしろ、心配なのは水上打撃艦艇、とくに戦艦だった。

 合衆国海軍はこれまでに一〇隻の新鋭戦艦を就役させていたが、そのうちの六隻までをすでに沈められていた。

 生き残った四隻のうち、「マサチューセッツ」と「アラバマ」はドイツ戦艦「ティルピッツ」に対する備えとして大西洋にあった。

 また、「ミズーリ」と「ウィスコンシン」は太平洋艦隊に配備されてはいたものの、就役してから日が浅く訓練未了のために作戦に参加することが出来ない。

 その代わりに旧式戦艦を九隻配備してもらっているが、これらでは日本海軍の巨大戦艦に対抗することは困難だろう。


 もちろん、ニミッツ長官も近代海戦では航空戦力こそがモノをいうということは理解している。

 だが、これほどの大艦隊なのにもかかわらず、新型戦艦が一隻も無いというのもまた、どことなく座りの悪さを感じずにはいられない。

 逆に言えば、これまでの太平洋艦隊は連合艦隊に対して一方的な敗北を続けてしまったということだ。

 その原因については実に様々なものがあるが、その大きな理由の一つに戦場を選ぶ主導権を常に日本側に握られていたことが挙げられる。

 二年あまり前の第一次珊瑚海海戦以降、戦う場所とその時期の選択権は常に日本側にあった。

 日本側が好きな時に好きな場所で戦ってきたのだ。

 米国にとってこの不利はあまりにも大きかった。


 「だが、今回は違う」


 米側が好きな時期に好きな場所で戦うことが出来るのだ。

 ニミッツ長官は再度己の闘志に火をつけるとともに、第三艦隊司令長官に思いをはせる。

 一度ならず二度までも乗艦を撃沈され、だがしかしそのたびに奇跡の生還を果たした米海軍きっての猛将。

 自分以上に日本海軍に対して敵愾心を抱くその男は、今では猛将というよりも復讐鬼と呼んだほうがふさわしいかもしれない。


 「頼んだぞハルゼー」


 ニミッツ長官は胸中でエールを送る。

 そして、こうも思う。


 「頼むから三度目は勘弁してくれよ」

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