マリアナ沖海戦
第70話 決戦へ向けて
昭和一八年一〇月に生起した第三次ミッドウェー海戦において、連合艦隊は四隻の「エセックス」級正規空母と同じく四隻の「インデペンデンス」級軽空母、さらには最新鋭戦艦の「アイオワ」と「ニュージャージー」を撃沈するという大戦果を挙げた。
ふつうの国であれば、短期間での再起は不可能と言っていいほどのダメージだが、しかし米国は違った。
「エセックス」級空母をはじめ戦艦や巡洋艦、さらに駆逐艦や潜水艦の建造を加速、それらに乗せる艦上機や水上機もまた絶賛増産中だ。
いくら第三次ミッドウェー海戦で四隻もの「エセックス」級を撃沈したとは言っても、それらは三〇隻以上が計画されているうちのほんの一部にしか過ぎない。
このことを憂慮した帝国海軍ならびに帝国陸軍は戦線を縮小することを決定する。
米国相手に広大な戦線を維持するための戦力の余裕など今の日本軍にありはしない。
現状を考えれば、西太平洋からインド洋までは日本の制海権下にあり、豪州が脱落したことで南からの突き上げも無い。
つまり、西と南の脅威は当面の間は無視していい。
それゆえ、南方資源地帯に戦火が及ぶ心配はほとんどしなくていいはずだ。
あるいは少数の潜水艦による通商破壊戦を仕掛けてくるかもしれないが、しかしそれが米軍が取りうる精いっぱいの嫌がらせといったところだろう。
そうなると、残るは北と東だ。
そのうち北方のアッツ島ならびにキスカ島については年内の撤退を決定している。
アリューシャンをはじめとした北方はその過酷な気象条件から大艦隊の移動や補給に非常な困難を伴う。
つまり北方からの大規模侵攻もまた考えなくていいから、アッツ島ならびにキスカ島からの撤退は適切な判断だといえる。
問題は東だった。
現在、帝国海軍の最東端は北がウェーク島、南がマーシャル諸島だ。
このうち、ウェーク島についてはあっさりと撤退することが決まった。
土地面積が小さいウェーク島は、つまりは大部隊の展開が不可能ということだ。
太平洋艦隊が押し寄せてきたらひとたまりもなく蹂躙されてしまう。
問題となったのはマーシャル諸島だった。
複数の飛行場が有り、さらに艦隊泊地としても使えることに加え、日本の委任統治領だから撤退するにしてもそれなりの大義名分が要る、らしい。
だが、高速機動部隊によるヒットアンドアウェイや飛び石作戦のことを知る俺からすれば、マーシャル諸島やトラック島といったところは彼らからすれば絶好のカモであり、力押しですり潰すことも、補給線を断って干上がらせることも自由自在だ。
そのことで、マーシャル諸島はもちろんトラック島からさえも引き揚げろという俺に対し、海軍上層部の多くは難色を示した。
しかし、そこは山本連合艦隊司令長官と南雲第二艦隊司令長官がフォローしてくれた。
今や「軍神」として崇め奉られている山本長官と、さらに真珠湾以降の大活躍によって「不敗の南雲」の二つ名をもつに至った二人の提督の影響力は絶大だ。
その南雲長官は間もなく大将に昇進したうえで連合艦隊司令長官に就くことが内定している。
米軍のみならず、今や米国民からも賞金首認定を受けた南雲長官を第一線に置いておくのは危険だという判断ももちろんあっただろうが、なによりこれまでの実績がものを言ったのだろう。
一方、山本長官のほうは嶋田大将の後を襲って海軍大臣になることが決まっている。
嶋田大将のほうは突然の病気のためにすでに海軍大臣の職を辞しているが、これには俺が一枚絡んでいる。
俺は嶋田大臣と会った際に陽気になる魔法を時限魔法と併せて強めにかけておいたのだ。
本来、陽気になる魔法は魔族との戦いで親族や仲間を殺されるなど、気が滅入った人に使う。
だが、ふつうの精神状態の人にこれを、しかも強めにかければ非常に陽気なキャラクターが出来上がってしまう。
俺がかけた魔法が発動した嶋田大臣は、笑顔を振りまきながら首相の頭をペシペシ叩き、そのまま病院送りになってしまったとのことだ。
それと、山本長官が海軍大臣に就任した際は、米内大将を軍令部総長にすえて海軍省と軍令部の両輪で連合国との終戦工作を図ることになっているという。
だが、それも米艦隊との最終決戦に勝ってからだ。
その時期は昭和一九年の半ば、おそらくは史実のマリアナ沖海戦があった時と大きく変わらないはずだ。
敗北続きのルーズベルト大統領は四選を成し遂げるため、起死回生となる手柄欲しさに必ず勝負を仕掛けてくる。
日本もまた、米国とがっぷり四つに組める時間はもうあとわずかしか残されていない。
双方にとって決戦を避ける理由は無かった。
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