第69話 考えよう
第二艦隊が放った高速戦艦や重巡洋艦といった刺客に捕捉される直前、米空母部隊はすべての「エセックス」級空母と速度の出ない巡洋艦や駆逐艦を撃沈処分し、脚が残っていた艦艇でハワイ方面へと退却していった。
間違いない。
連中は艦艇よりも将兵の温存を優先したのだ。
大型艦艇でさえアホみたいに短期間に大量建造できる米国も、将兵の養成はそう簡単にはいかない。
残念ながら、合衆国海軍は正しい判断を下したということだ。
それとともに、旧式戦艦部隊やあるいは「マサチューセッツ」「アラバマ」の二隻の新型戦艦もまたミッドウェー島の防衛をあきらめて同じく東へとその舳先を向けていることが確認されている。
いかに戦艦といえども、制空権を奪われてしまってはまともな戦など望めないと考えたのだろう。
米艦隊の撤退を見て取った第二艦隊はお約束通りミッドウェー島への艦砲射撃を実施する。
これには空母部隊から「長門」と「陸奥」、それに三隻の重巡も加わって古くなった砲弾の在庫処分とばかりにミッドウェー島に対してその巨弾を叩きこんだ。
二四時間労働で疲労困憊だった俺は、ひと眠りした後でこの戦いの顛末を知ることになった。
戦果は四隻の「エセックス」級空母と同じく四隻の「インデペンデンス」級空母を撃沈、さらに艦上機と陸上機を合わせて八〇〇機近くを撃墜破あるいは地上破壊したという。
水上艦艇のほうは新鋭戦艦「アイオワ」と「ニュージャージー」を撃沈、さらに四〇隻あまりの巡洋艦や駆逐艦を撃沈あるいは撃破。
一方でこちらは二〇〇機近い艦上機が失われたが、このうち未帰還となったものは半数程度で、残る半数は再使用不可として廃棄処分された機体だという。
水上艦艇のほうは第三戦隊の「金剛」型戦艦がいずれも小破から中破と判定される
損害を被ったほか、多くの艦艇が大なり小なり被害を受けたとのことだ。
だが、一方で撃沈された艦は一隻も無く、かつての日本海海戦を上回る戦果に「武蔵」艦橋は海戦から数日経った今でも喜色に包まれている(ただし砲術長を除く)。
で、俺のほうだが、帰路は例によって負傷者の治療にあたっていた。
だが、そのことで少しばかりやりにくい思いもしていた。
第一次ミッドウェー海戦や第二次珊瑚海海戦、さらには第二次ミッドウェー海戦や第二次インド洋海戦と戦いを経るたびに俺の評判はうなぎ登りになると同時に全海軍将兵にその存在が知れ渡るようになっていた。
だから、将兵に治癒魔法をかけるたびに必要以上にありがたがられ、中にはご利益があるから俺を触らせてくれと言ってくる者まで現れる始末だった。
かわいい女の子ならともかく、むさい将兵に体を触られるなどごめん被りたいところなのだが、死線を潜り抜け生還を果たした彼らのささやかな要望をけんもほろろに断るわけにもいかず、ペタペタ触られることを甘受した。
それと、海軍将兵には意外に写真が趣味の者が多く、記念撮影もまたよくせがまれた。
ただ、これについては敵国に対して必要以上に俺の情報が流れてしまう恐れがあるという建前で、南雲長官の名前で禁止にしてもらった。
本当のところは、写真を撮られる際に表情をつくるのが苦手だからなのだが、もちろんその本音は厳重に秘匿している。
そんな俺は時間がある時は自室でこれからのことを考えている。
第三次ミッドウェー海戦では俺の思惑通り「エセックス」級正規空母の第一陣と、それに半数近い「インデペンデンス」級軽空母を撃沈することが出来た。
これで年内は米軍は積極的な動きが取れなくなったはずだ。
だが、昭和一九年になれば状況は一変する。
「エセックス」級空母の第二陣、第三陣が続々と就役することで態勢を整えた米艦隊は今度は積極的に打って出てくるはずだ。
一方の帝国海軍は史実よりも遥かに商船の被害が少ないことから国内の工業生産も順調で、装甲空母「大鳳」や中型空母「雲龍」が予定よりもかなり早く完成出来そうだといった明るい話もあるが、それでも米国の建造実績を見れば焼け石に水よりも少しマシといったところだろう。
「これから隔絶の一途をたどる彼我の戦力差を考えれば、戦線を縮小して反撃密度を上げなければダメだな。そして、敵をこちらのホームグラウンドに引きずり込んで一気に叩く。もはやそれ以外に勝ち目は無い。そうなると、やはり決戦場はマリアナあたりになるか」
勝ち続けていながらも、結局は史実と同じ流れになりつつある現状に少しばかりの絶望を感じつつ、それでも俺は必勝の戦策を考え続けた。
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