第68話 水上打撃戦

 「何をやっているんだ」


 空振りを繰り返す「武蔵」の砲撃、それに苛立つ艦長のつぶやきが俺の耳に入る。

 さすがに砲術長を呼び出して罵声を浴びせるような真似はしないが、それでもその表情から不満の色は隠しようが無い。


 状況は思わしくなかった。

 距離二〇〇〇〇メートル前後という当たりそうでなかなか当たらないという微妙な位置をキープしながら「アイオワ」と「ニュージャージー」は「武蔵」ならびに「大和」との砲撃戦に臨んでいる。


 相手の意図は明白だ。

 傷ついた四隻の「エセックス」級空母を逃がすための遅滞戦術。

 時間稼ぎをしている間に遅れている「マサチューセッツ」や「アラバマ」が合流すれば言うこと無しだろう。

 もたもたしていれば、彼我の戦力差が逆転しかねない状況に「武蔵」艦長がイラつくのも無理はない。

 あるいは、追いつめられているのは米空母部隊ではなく第二艦隊のほうなのかもしれない。

 眼前の二隻の「アイオワ」級のほうはその機関性能をフルに発揮、転舵やあるいは緩急を使った機動で容易に命中弾を与えない。

 もちろん、そうなれば自身も命中弾を得ることはほぼ不可能になるが、「エセックス」級が逃げるための時間を稼ぐという目的は達成出来る。


 だが、「武蔵」艦長がイラつくのはそれだけが理由ではない。

 現在、第三戦隊の四隻の「金剛」型戦艦は同じく四隻の米巡洋艦と撃ち合いを演じている。

 また、第四戦隊の「愛宕」と「高雄」、第五戦隊の「妙高」と「羽黒」、それに第七戦隊の「熊野」と「鈴谷」の六隻の重巡は「阿賀野」率いる水雷戦隊とともに米駆逐艦を相手どっている。

 どちらも、戦力的に日本側が圧倒的に優位であり、これらが相対する米艦を撃破した場合、「大和」型戦艦と「アイオワ」級戦艦の戦いに乱入してくるのは間違いない。

 世界最強を自負する六万トン級戦艦の「武蔵」や「大和」が格下の四万トン級戦艦の「アイオワ」級相手にてこずり、そのうえ他艦の助けまで借りたとあっては「武蔵」も「大和」も立つ瀬がない。

 だからこそ、他の部隊が対峙する相手を撃破するまでに、「武蔵」艦長もまた敵を討ち取っておきたいのだろう。


 そんな「武蔵」の艦長の願いは、だがしかし届くことは無かった。

 第四戦隊と第五戦隊、それに第七戦隊と水雷戦隊の各艦が二隻の「アイオワ」級戦艦に肉薄してきたのだ。

 六隻の重巡と一隻の軽巡、それに一一隻の駆逐艦からなるこれら部隊は一六隻の米駆逐艦と戦っていたはずだ。

 数こそ一八対一六と拮抗しているが、その戦力差は隔絶している。

 おそらく一六隻の米駆逐艦は酸素魚雷でアウトレンジされ、さらに六〇門にものぼる二〇センチ砲のつるべ撃ちによって短時間のうちに撃滅されたのではないか。

 そして、一八隻の快速艦艇はあと一会戦分の酸素魚雷を残しているはず。

 二隻の「アイオワ」級戦艦の艦長らもそのことを理解しているのだろう。

 日本の巡洋艦や駆逐艦に高角砲を撃ちかけつつ被雷面積を最小にするため、それらに正対すべく舵を切る。


 だが、そのすべてを躱しきることは出来ないはずだ。

 俺の性能の低いCPUで計算しても、それら艦艇からは最低でも一〇〇本、多ければ一四〇本の酸素魚雷が発射されたはずだ。

 しかも、魚雷を発射した艦は、そのいずれもが激しい砲雷撃戦の中を幾度も生き抜いてきた歴戦艦ばかり。

 将兵の技量は帝国海軍の中でもピカ一だろう。

 そんな連中が放った一〇〇本を超える酸素魚雷がわずか二隻に殺到すれば、いかに命中率の低い中遠距離攻撃でも被雷無しで切り抜けることは困難だ。

 実際、先頭を行く「アイオワ」級に巨大な水柱が一本、後続する二番艦も同じく一本の水柱が奔騰する。

 時を同じくして同数の米巡洋艦と戦っていた第三戦隊から「敵巡洋艦全艦撃破、当方多数被弾するも航行に支障のある艦無し」という報告が飛び込んでくる。

 それを聞いた南雲長官が苦い表情の「武蔵」艦長の横で命令を下す。


 「第三戦隊と第四戦隊、それに第五戦隊と第七戦隊は敵空母部隊を追撃せよ。

 水雷戦隊は一個駆逐隊を当海域に残置し、残りは他戦隊とともに追撃戦に移れ。それと、第三艦隊に使用可能な彗星と天山のすべてをもって敵空母部隊を攻撃するよう伝えろ」


 航空魚雷の三倍の重量を持つ九三式酸素魚雷の威力は破格だ。

 被雷した二隻の「アイオワ」級はいずれも大きく速度を落としている。

 今こそたたみかけるチャンスだ。


 「『武蔵』と『大和』は距離をつめ、『アイオワ』級への攻撃を続行せよ」


 南雲長官の命令のしばらく後、有利なポジションに遷移した「武蔵」と「大和」の主砲が、半身不随となった二隻の「アイオワ」級めがけて再び咆哮する。

 自慢の脚を奪われた二隻の「アイオワ」級に助かる道は残されていなかった。

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