第65話 天山猛攻
零戦三六機に彗星四八機、それに天山九六機からなる攻撃隊はただの一機の敵戦闘機の迎撃すら受けることなく二群ある米機動部隊の上空までたどり着くことが出来た。
攻撃隊は甲部隊と乙部隊に分かれ、それぞれ目標と定めた米空母群を叩くべく襲撃機動に遷移する。
敵戦闘機の出迎えがなかった一方で、対空砲火によるありがたくない歓迎は強烈の一言だった。
米機動部隊は四隻の空母を中心に二隻の巡洋艦と一二隻の駆逐艦がその周囲を取り囲み、それら全艦が主砲や高角砲を振りかざして艦隊上空に黒雲の傘を差しかける。
「艦爆隊は艦隊外周に展開する巡洋艦ならびに駆逐艦を排除せよ。艦攻隊は空母を攻撃、右前方が『飛龍』、左前方が『蒼龍』、右後方が『翔鶴』、左後方を『瑞鶴』隊の目標とする」
攻撃隊の半数、二四機の彗星と四八機の天山からなる甲部隊を指揮する友永少佐は攻撃が一隻の艦に集中しないよう、その目標を割り振る。
攻撃隊の周囲を零戦が警戒飛行してくれているが、敵の迎撃機が現れる様子は無い。
「第三艦隊司令部が予想した通り、敵機動部隊はその持てる力をすべて攻撃に注ぎ込んだのか」
敵機動部隊指揮官の勇猛とも無謀ともつかない判断に信じがたい思いを抱きつつ、友永少佐は直率する「飛龍」隊を右前方の空母へと誘導する。
その天山隊よりも先に彗星隊が降下に転じる。
降下角度は九九艦爆よりも浅い一方で、速度のほうは明らかに速い。
その爆撃法は従来の命中率を重視した急降下爆撃ではなく生存性を優先した緩降下爆撃だった。
急降下爆撃は命中率が高い一方で、低空での引き起こしが必要なことからダイブブレーキを利かせながら低速で敵艦に肉薄する。
それゆえ、被弾する確率も高い。
一方、低空での引き起こしの必要が無い緩降下爆撃は敵艦上空を高速航過出来るから被弾確率はその分だけ低くなる。
もちろん、急降下爆撃ほどの命中率は期待出来ないが、それでも爆撃照準装置の改良や訓練によってある程度は補える。
三機一組の小隊ごとに彗星が投じた爆弾は従来の九九艦爆が用いた二五番ではなく、さらに威力の大きい五〇番だ。
直撃すれば駆逐艦はもちろん巡洋艦でも無事では済まないし、至近弾であっても相手が船殻の薄い駆逐艦であれば深刻なダメージを与えることが出来る。
激しい対空砲火で被撃墜機を出しながらも彗星が投じた爆弾は輪形陣の外郭を守る巡洋艦や駆逐艦に次々に命中する。
直撃を食らった巡洋艦や駆逐艦はそのいずれもが猛煙を噴き上げ速度を落とすかあるいは洋上停止する。
その崩壊した輪形陣の間隙を縫って四八機の天山が四隻の米空母に肉薄する。
低空を進む友永少佐の目に右前方に位置する空母のシルエットが映り込む。
長大な艦体の中央に煙突と一体化した艦橋。
そのボリュームはかつて魚雷を命中させた「ヨークタウン」級以上だ。
「当たりだ!」
友永少佐は四分の二の確率だった正規空母という当たりくじを引いたことに喜ぶ。
しかし、その喜びも一瞬だった。
敵空母から放たれる砲火が友永少佐の想像を超えていたからだ。
その敵空母から放たれた多数の火箭に部下の一機が直撃を受けて爆散、ミッドウェーの空に散華する。
なおも天山の周囲は高角砲弾が爆発し、その破片が断続的に機体を叩いている。
航続距離の低下を承知のうえで充実させた防弾装備が無ければあるいはさらに多くの機体が犠牲になっていたかもしれない。
一一機に減った天山隊は、だがしかし何事もなかったかのようになおも超低空を進む。
天山隊の搭乗員の多くが珊瑚海やミッドウェー、それにインド洋で連合国艦隊と死闘を繰り広げてきた一騎当千の熟練だ。
仲間の死に動揺する者は一人としていない。
「用意、射テェ!」
一一本の九一式航空魚雷が天山から投じられる。
後は逃げの一手だ。
天山は九七艦攻とは段違いの逃げ足で敵対空砲火の射程圏から離脱する。
一方の「エセックス」級空母は回頭し、被雷面積を最小化しようと舵を切るが理想の射点で投じられた魚雷をすべて躱すことは不可能だ。
まず、前方に、次いで艦の中央、さらに後部。
戦果確認をする間に他隊の戦果報告も入ってくる。
「こちら『蒼龍』隊、敵小型空母に魚雷三本命中、撃沈確実」
「こちら『翔鶴』隊、敵正規空母に魚雷三本命中、大傾斜」
「こちら『瑞鶴』隊、敵小型空母に魚雷二本命中、洋上停止のうえ炎上中」
四八機の天山が攻撃して魚雷の命中が一一本だけというのは、訓練で挙げた成績のことを思えば少しばかり不満だが、それでも空母一隻撃沈三隻撃破は大戦果だ。
それでもやはり、とどめは刺さなければならない。
友永少佐は部下に命じて第二次攻撃の要有りと打電させた。
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