第64話 激突必至

 ミッドウェー基地航空隊壊滅の報を聞いて喜びを爆発させる幕僚らをよそに、第三艦隊司令長官の小沢中将はジュンの言葉を思い出している。


 「もし、第二艦隊の艦載機隊がミッドウェー基地への奇襲に成功した場合、敵機動部隊はなりふり構わず攻撃全振りで第三艦隊に仕掛けてくるはずです。なので、第三艦隊はまずは第一次ミッドウェー海戦のときと同様、防御に徹してください」


 当時、ジュンの言葉に違和感を覚えた小沢長官はその根拠を問うた。

 空母戦は先制発見、先制攻撃をしたほうが俄然有利だというセオリーをジュンは知悉しているはずなのに、そのことを無視している。


 「敵機動部隊の指揮官はあのハルゼー提督です。猛将の彼であれば、戦局が決定的に不利になったのであれば中途半端な真似はしません。防御か攻撃かのいずれかにその全力を注ぐ。肉を切らせて骨を断つという言葉をハルゼー提督が知っているかどうかは分かりませんが、彼であれば間違いなく防御よりも攻撃を選択します。

 もし彼が全力出撃、つまりは五〇〇機を超える艦上機を攻撃に出せば、こちらもまた全力で防衛にあたらないととてもじゃないが防ぎきれません。それに米側は空母を何隻か沈められてもどうということはありませんが、日本は違う。一隻の空母を戦力化するのにさえ四苦八苦している国が簡単にその虎の子を沈められるわけにはいかないのです」


 戦果よりも被害抑制に重点を置くのはいかにもジュンらしい発想なのだが、それならばと小沢長官は意地悪な質問をする。


 「ならばジュンさん、これならどうだろう。ミッドウェー奇襲が成立した場合、第三艦隊は出撃可能な彗星と天山をすべて米第三艦隊に差し向ける。

 一方、零戦は艦隊直掩にその全力を投入する。もし、ジュンさんの見立てが正しければこれで何も問題は無いと思いますが」


 敵が全力出撃するということは、つまりは敵艦隊上空に直掩機はいないということだ。

 ならば、零戦の護衛無しで彗星や天山を出撃させてもなにも問題は無いはずだ。

 小沢長官の言葉に、一瞬きょとんとしたジュンは、しかしすぐに考える顔になる。


 「そうですね。その発想はありませんでした。俺自身もまた、攻撃か防御かのどちらかしか無いという思いに凝り固まっていたようです。

 分かりました。

 じゃあ、小沢さんの案で行きましょう。ただ、敵の水上機による妨害が絶対に無いとはいえませんから、戦闘機の多い『翔鶴』と『瑞鶴』、それに『加賀』から一個中隊をつけるようにしてください。その分だけ直掩隊の数が減りますが、それでもまだ四〇〇機以上の零戦が残るのですから十分でしょう」


 ジュンの言葉を思い出しつつ小沢長官は命令を下す。

 引く気配を見せない米機動部隊はいまだ我が方の艦上機の攻撃可能圏内にとどまっている。

 つまり、連中もまたひと合戦もふた合戦もやる腹積もりなのだ。

 そのうえ、ジュンの策謀によって肩透かしを食った米戦艦部隊もまた、こちらに向けて急進中だ。

 米戦艦部隊の指揮官はおそらく怒り心頭に発していることだろう。


 「使える彗星と天山はすべて出せ。それらと同行する護衛の零戦は『翔鶴』と『瑞鶴』、それに『加賀』の一個中隊のみとする。攻撃隊が発進した後はただちに迎撃戦の準備にかかれ。使える零戦はすべて防空戦闘に投入せよ」


 以前交わされた小沢長官とジュンのこの会話を知っている参謀たちは今、所定の手順に従っててきぱきと事を進めていく。

 日米機動部隊同士の激突は間近に迫っていた。

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