第63話 怒れる雄牛提督

 ミッドウェー基地が夜間空襲を受け、そのせいで同基地航空隊が壊滅したとの報告を受けた時、第三艦隊司令長官のハルゼー提督は癇癪を爆発させたいのを必死で我慢しつつ、出来得る限りの丁寧な口調で参謀にその詳細を尋ねた。


 「夜間空襲とはどういうことだ? 我々を前にしながら日本の空母部隊が夜間攻撃隊を発進させたとでもいうのか。

 それに、なぜ敵の襲来を事前に察知できなかった。ミッドウェー基地には複数のレーダーが、しかも性能の良いものが配備されていたはずだ。それとも、ミッドウェーの将兵たちはのんびりと寝ていたとでもいうのか」


 「ミッドウェー基地からの報告によれば、すべての機体がフロートを付けた複葉機、その形状からピートによる攻撃だったそうです。

 それら機体は四〇機から五〇機程度の規模で、駐機場にあった我が方の航空機に小型爆弾を投下、当時機銃弾や爆弾それに燃料を満載していたそれらはひとたまりもなく火だるまとなり、そのほとんどが焼失したとのことです。

 それと、敵襲を察知出来なかったのは、おそらく日本機が超低空から侵攻してきたからでしょう。残念ながらレーダーはたとえ最新型のものであっても従来のものと同様に低空の機体を捕捉することについてはこれを苦手としています」


 剣呑な目を向けてくるハルゼー提督に、だがしかし航空参謀は声が震えないように気を配りつつ損な役割を演じる。


 「俺もミッドウェー基地司令も、それに戦艦部隊指揮官も完全に裏をかかれたな。ミッドウェー基地航空隊を潰すには夜間艦砲射撃を仕掛けるしかない。そのためには日本の水上打撃部隊は我が方の戦艦部隊による阻止線を突破する必要がある。つまりは戦艦同士の夜戦があるという前提でことを進めていた。ジュンという日本の悪魔への対策も含めてな。

 だが、日本軍は水上機による夜襲という奇策に打って出た。それら水上機はおそらくは日本の水上打撃部隊の艦載機だろう。連中は戦艦で殴りかかると見せかけて、実のところその艦載機で我々に足払いをかませたのだ。そして、ミッドウェー基地航空隊は見事に転んでしまった」


 先程までの興奮した声音とは一転、自嘲気味に話すハルゼー提督に、しかし航空参謀は嫌な事実を追加する。


 「そのことですが、ミッドウェー基地からの報告によると離陸直前だったボーファイター二機が日本の水上機が放った赤い火弾によって撃破されたそうです。

 それと、日本の水上機が攻撃を開始する直前、ミッドウェー島全体を照らし出す白い光弾が現れたとの報告も併せて入ってきております」


 「奴か!」


 ハルゼー提督は思わず罵りの声をあげる。

 珊瑚海で、インド洋で、そして二度ならず三度までもここミッドウェーで連合国に歯向かう敵性存在。

 赤い火弾と白い光弾を操る悪魔。

 奴のせいで何隻の軍艦が、あるいは何千何万の将兵が地獄を見たことか。

 ハルゼー提督自身も第二次ミッドウェー海戦で乗艦の「エンタープライズ」を撃沈され、死ぬようなめに遭わされた。


 ジュンが現れるのは初めから分かっていた。

 だからこそ、高慢なイギリス野郎に頭を下げ、戦艦部隊の頭上を守るためのボーファイターを送り込んでもらったのだ。

 だが、そのすべての努力が水泡に帰した。


 ハルゼー提督の直感が叫んでいる。

 この水上機の夜襲を企図したのは間違いなくジュンという名の悪魔だ。

 狡猾極まりないその悪魔を仕留めない限り、今後も多くの合衆国青年の血がここ太平洋で流されることになるだろう。


 ハルゼー提督は腹をくくる。

 自らも出血必至、差し違え上等の策をもって連合艦隊に、なによりジュンに一泡吹かせてやるのだ。

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