第62話 第二艦隊転進

 夜間攻撃隊の指揮官機である「大和」一号機から「トラ、トラ、トラ」の無電が飛び込んできたとき、第二艦隊旗艦「武蔵」の艦橋で歓声がわきおこった。

 吉報を受けた第二艦隊司令部の参謀たちは、誰もがその表情に喜色を浮かべている。

 南雲長官も少しばかり顔をほころばせつつ、それでもすぐに気を引き締める。


 「第二艦隊は艦載機を収容次第、進路を一三五度から一五度へと変針する。速度を上げれば夜明けまでには第三艦隊の前衛の位置につくことが出来るはずだ。

 全駆逐艦は艦載機収容中においては特に対潜警戒を厳にせよ。敵潜水艦の魚雷が爆発しないのは過去の話だ、くれぐれも油断するな」


 作戦の第一段階はこちらが勝利を得たが、なお敵は強大だ。

 戦前、ジュンは自分に対し米軍は四本の矢を用意していると言っていた。

 機動部隊と水上打撃部隊、それに基地航空隊と潜水艦部隊だ。

 現時点において、自分たちはそのうちの一本をへし折ったにしか過ぎない。

 しかも、ミッドウェー基地は飛行機こそ一掃したものの滑走路の被害は小さく、米軍の土木技術をもってすれば復旧は容易だし、そうなれば脚の長い重爆であればハワイからの来援が可能だ。

 その懸念を取り除くのであれば、第二艦隊による艦砲射撃で滑走路を耕してしまえばいいのだが、その道中には米戦艦部隊が立ちはだかっている。

 事前の偵察を信じるのであれば、四隻の新型戦艦を基幹としたものと、六隻の旧式戦艦を中心に据えたものの二群が第二艦隊を迎え撃つべくミッドウェー島北西海域を遊弋しているという。


 それぞれの艦隊は第二艦隊の戦力に及ばないものの、だがしかし合同すればその力関係は逆転する。

 それでも、ミッドウェー基地航空隊がジュンたち零式観測機隊の攻撃で壊滅した以上、米戦艦部隊の任務は失敗したのも同然だった。

 そんな遊兵と化した連中を構う必要は無い。

 だが、一方でジュンは注意を喚起していた。


 「状況によっては米軍は『アイオワ』と『ニュージャージー』の二隻の高速戦艦、それに多数の巡洋艦や駆逐艦で追撃をかけてくるかもしれません。これらは三二乃至三三ノット以上の高速を発揮できますから、その気になれば十分に第二艦隊を捕捉しえます。

 『アイオワ』と『ニュージャージー』は状況次第で『武蔵』や『大和』と互角以上に戦えますし、巡洋艦や駆逐艦も新鋭艦で固めているでしょうから決して油断しないようにしてください」


 南雲長官としては、四〇センチ砲搭載戦艦の「アイオワ」や「ニュージャージー」が四六センチ砲を持つ「武蔵」や「大和」に勝てるとは思えないのだが、ジュンの見解は少し違っていた。


 「『アイオワ』と『武蔵』で言えば、主砲口径も装甲の厚みも『武蔵』のほうが勝っています。ただ、米新型戦艦の主砲弾は超重量弾なのでその重量差は口径の違いほどには大きくありません。変な例えで恐縮ですが、従来の三六センチ砲弾と三八センチ砲弾の差よりわずかに大きい程度と考えていいでしょう。

 さらに、四六センチ砲弾のほうは水中弾効果を期待するあまりその形状や強度に問題があり、さらに砲弾の質も劣りますからその差はさらに縮まる。しかも『アイオワ』のほうは五〇口径の長砲身だから初速が速くつまりは貫徹力に優れているし、発射速度も勝っています。

 それと、大砲の口径よりも遥かに大切な射撃管制装置ですが、これはもうダメです。今でこそ顕著な差はありませんが、あと二、三年もしたらリカバリー不能なまでにその差は隔絶します。その時点で『武蔵』はラッキーパンチにでも恵まれない限り『アイオワ』に勝つことは不可能になるでしょう。

 防御力についても『アイオワ』の装甲は厚みこそ『武蔵』に及びませんが、装甲の建付けや接合技術、なにより質で勝っていますから差はさほど大きくない。それに、『アイオワ』の場合は構造用鋼も装甲の働きが期待できる贅沢なものを使っていますからさらにその差は縮まる。

 加えて電話や電路の抗堪性や冗長性、それに応急指揮装置や将兵のダメージコントロールに対する意識や練度を加味すれば、こと継戦能力に関して言えば『アイオワ』のほうが明らかに上回っています。

 それと、これは士気にかかわるので他言無用に願いたいのですが、『武蔵』や『大和』は完全な失敗作ですよ。無駄な副砲の採用を含めてあらゆる面において設計理念が古すぎます。というか、動揺の少ない艦の中心中央という一等地を副砲に明け渡し、肝心の主砲が前後に押し出されたようなスタイルなど醜悪の極致と言ってもいい。そんなアホな真似をするから重巡の五倍の排水量を持ちながら高角砲はたったの五割増しという体たらくになってしまっている。

 そもそもとして、片舷に指向できる副砲が九門、つまりは軽巡だった頃の『最上』型の六割の火力で、しかも性能の劣る射撃指揮装置で敵の巡洋艦や水雷戦隊を撃退出来ると考えるほうがどうかしている。

 自信過剰あるいは相手を舐めるにもほどがありますよ。

 まあ、なんにせよ同じ排水量であれば米軍は『武蔵』より遥かに有力な戦艦を造り上げたはずです。

 科学力や工業力に優れるうえに金に糸目を付けない連中が造るのですから、当たり前と言えば当たり前なのですが」


 ジュンとの付き合いはそれなりにあるが、どうも彼は日本の軍艦にあまり良い印象を抱いていないらしく、誉め言葉を聞いた記憶が無い。

 造船官や水雷屋が絶賛する「陽炎」型駆逐艦を対潜対空能力がからっきしの低能駆逐艦だと断じたり、あるいは理想的重巡と言われる「利根」型巡洋艦の一段低くなった艦載機繋止甲板を指して「精密飛行機械の床が塩水浸しになる究極のアホ設計」だとも話していた。

 そんな彼にこき下ろされた艦艇は、南雲長官が知るだけでもとても両手では収まりきれない。

 そう考えて南雲長官は、だがしかし自分もジュンと同じだと苦笑する。

 南雲長官自身もまた、新鋭空母「翔鶴」を駄艦と切り捨て、第一航空艦隊の旗艦を「赤城」に据え置いた前科があったのだ。

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