第61話 我、奇襲に成功セリ

 日没と同時に第二艦隊の艨艟たちは二四ノットに増速、ミッドウェー島に向けてその舳先を向けた。


 「では、行って参ります」


 「どうかお気をつけて。ご武運をお祈りいたします」


 俺の軽い挨拶に、南雲長官が答礼しつつ端的な激励の言葉をかけてくれる。

 第二次珊瑚海海戦や第二次ミッドウェー海戦の頃であれば俺が出撃するのに難色を示していたのだが、先の第二次インド洋海戦あたりからさほど執拗に止めるようなことはなくなり、今回に至っては実にあっさりとした態度だった。

 まあ、それだけ信頼度が上がったということなのだろうが、一方で俺に課せられた使命は重大だ。

 この作戦の言い出しっぺが俺なのだから、自分で自分に重責を課す形になるのは致し方なかった。


 俺は「武蔵」の後部甲板に出向き、あてがわれた零式観測機の後席に収まる。

 そして、カタパルトで射出。

 俺の零式観測機が射ち出されたのと時を同じくして、他の戦艦や重巡からも同じシルエットを持つ機体が次々に発進する。

 「武蔵」と「大和」からそれぞれ六機、他の戦艦や重巡からそれぞれ三機の合わせて四二機の零式観測機が編隊を整えつつ南へと機首を向ける。

 夜間なので間隔を開けた緩やかな編隊だが、しかしその高度は危険なほどに低い。

 ミッドウェー基地のレーダー波を掻い潜るための措置だが、一方で四二機の零式観測機の搭乗員はその誰もが一騎当千の手練れたちだ(ただし、俺を除く)。

 これら機体は敵の耳目が第二艦隊に集まっている間にミッドウェー島の西側を大きく迂回、敵の警戒が手薄な南西方向から同島を突き上げるようにして攻撃する手はずだった。


 俺の機体は先頭に立って編隊を誘導している。

 航法を修めていない俺がそのことを可能にしているのは感知魔法のおかげだ。

 さすがにミッドウェー島のようなデカい目標であれば、相当遠くからでもその存在を感知することが出来る。

 ミッドウェー島の西側をさらに南下し、適当なところで機首を北東へと向けるよう操縦員に指示する。

 同時に、零式観測機の瑞星発動機がうなりを上げて加速を開始する。

 だが、その音と振動とは裏腹にさほど速度が上がったようには感じられなかった。

 まあ、四〇〇キロに届かない鈍足の下駄ばきだから仕方が無いのだが、それでもよくもまあこんな機体に戦闘機の真似事などさせていたものだと思う。


 そういった余計なことを考えながら超低空、海面を這うように進撃することしばし、闇の中に溶け込むような感じでミッドウェー島の低い稜線が目に飛び込んでくる。

 敵はレーダーでこそ捉えてはいないはずだが、それでも爆音によってこちらの存在はすでに察知していることだろう。

 俺は事前の申し合わせ通り、ミッドウェー島上空に差し掛かる直前に閃光弾を放つ。

 白い光芒がミッドウェー島基地の全貌を照らし出す。

 俺以外の零式観測機が少し高度を上げ、所属ごとに編隊を解き始める。


 眼下の光景は圧倒的だった。

 ミッドウエー島の滑走路脇の駐機場に大小さまざまな機体が所狭しと並べられている。

 ざっと見たところ、二〇〇機かあるいはそれ以上あるかもしれない。

 そのミッドウェー島から火箭が突き上がってくる。

 米軍の反応の速さは見事というほかない。

 あるいは、真珠湾攻撃で得た手痛い戦訓が反映されているのかもしれない。


 米軍の迅速な対応に胸中で称賛をおくりつつ、しかし暗視魔法と遠視魔法を発動させている俺の目は滑走路を駆け抜けようとしている二機の双発機の姿を認める。

 機首先端と同じ位置まで前進したプロペラを持つ双発機。

 ボーファイターだ。

 それが二機、いかにも慌てたようにして離陸しようとしている。

 その二機がもし夜戦タイプの機体であれば、非常にまずい。

 彼らの機体からみれば、零式観測機などただのカモだ。

 俺もまた慌てるようにして自動追尾魔法を練り込んだ火炎弾を二発、ボーファイターに向けて放つ。

 赤い火弾の直撃を食らった二機のボーファイターはいずれもバラバラに砕け散り、滑走路にその残骸を撒き散らすと同時に障害物に成れ果てる。

 俺はさらに滑走路を注視するが、飛び上がろうとしたのはどうやらその二機だけのようだった。


 その頃には俺の機体を除く四一機の零式観測機が、抱えてきた二発の六番をエプロンに並んだ機体へと叩きつけている。

 六番という小型爆弾にもかかわらず効果は劇的だった。

 駐機中の機体はそのいずれもが燃料や銃弾、それに爆弾や魚雷を満載していたのだろう。

 誘爆に次ぐ誘爆でミッドウェー基地全体が紅蓮の炎と黒煙に包まれていく。

 それとともに敵の対空砲火も散発的となる。

 猛煙によって視界が利かないか、あるいは高熱によって避退を余儀なくされているのだろう。


 爆弾を投下した零式観測機は執拗だった。

 地上施設やあるいは損傷の少なそうな米機に対して七・七ミリ弾を浴びせて回る。

 非力な七・七ミリ機銃でも数を撃ち込めば米機も無事では済まない。

 一方の米軍にとっては狭いミッドウェー島に多数の飛行機を配備、つまりは密集させたことが仇となった形だ。

 滑走路こそ大きな被害は無いが、その周囲は文字通り火の海、飛行機の火葬場となっている。

 この火勢では、おそらく助かる機体はほとんど無いはずだ。


 「我、奇襲に成功セリ」


 俺はほっとするとともに、胸中であの有名な言葉をつぶやいた。

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