第56話 勝ったものの

 参謀が提出した戦果や損害をまとめた報告書に目を通しつつ、第二艦隊司令長官の南雲中将は後に第二次インド洋海戦と呼ばれるその戦いを振り返っている。

 情報が死命を制する近代海戦の例にもれず、戦いはまず索敵戦から始まった。

 そこでは決定的なアドバンテージこそ得られなかったものの、また一方で敵発見に後れを取ることもなかった。

 その後はお約束通りの彼我の戦闘機同士による制空権争い。

 ここまでは普通だ。


 だが、その後の展開は海戦史上過去に例を見ないものだった。

 まず、零式観測機に乗ったジュンが単機で英空母部隊に殴り込み、発進間際だった英雷撃機に対して神の眷属の力を行使、すべての英空母を炎上させその航空機の離発艦能力を奪った。

 さらにジュンは今度は英戦艦部隊をこれも単機で攻撃、敵の巡洋艦や駆逐艦に装備された魚雷発射管に炎弾をことごとく命中させ、一度に一六隻もの巡洋艦や駆逐艦を無力化した。

 そのうえ、日英戦艦の砲撃戦の直前には英戦艦の艦橋トップを破壊、射撃管制システムに大打撃を与えてくれたうえに光弾による支援まで行ってくれた。


 「まさに至れり尽くせりだな。というか、ジュンさんさえいれば、誰が指揮官でも勝てるんじゃないか」


 胸中で苦笑しつつ、南雲長官は報告書を読み進める。

 序盤の魚雷攻撃で英戦艦群に大打撃を与えた第二艦隊は七隻の巡洋艦と二二隻の駆逐艦を分派、避退を図る英空母部隊を追撃させた。

 その追撃部隊と英空母部隊の護衛艦艇との間で戦闘が生じる。

 追撃部隊に立ち向かってきたのは英空母を守る三隻の軽巡と九隻の駆逐艦だった。

 戦闘は一方的で、「ダイドー」級とおぼしき三隻の軽巡は「高雄」と「羽黒」、それに第七戦隊の「熊野」と「鈴谷」、それに「最上」が持つ五〇門の二〇センチ砲によって一方的に殲滅された。

 また、軽巡「神通」と「那珂」、それに二二隻の駆逐艦は九隻の英駆逐艦を文字通り袋叩きにし、全艦を洋上の松明、あるいは洋上のぼろ雑巾に変えてしまったという。


 水上打撃部隊の活躍の陰に隠れて目立たなかったものの、航空隊の働きも大きかった。

 索敵機は確実に東洋艦隊を発見してくれたし、接触機は継続的に貴重な情報を第二艦隊や第三艦隊にもたらしてくれた。

 零戦隊は英戦闘機隊に打ち勝ち、制空権を確実なものにしてくれた。

 出色だったのは艦攻隊だった。

 二七機の九七艦攻は一撃で二隻の英空母を撃沈した。

 さらにわずか一〇機にまで減った即時稼働機によって編成された第二次攻撃隊は生き残った最後の英空母に三本の魚雷を命中させた。

 とどめこそ水上打撃部隊に委ねたものの、実質は艦攻隊単独の戦果と言ってよかった。


 だが、ここまで一方的な勝利を得ることが出来たのも間違いなくジュンのおかげだろう。

 彼がいなくても負けはしなかっただろうが、それでもここまでのパーフェクト勝利は望めなかったはずだ。

 そのジュンは、今では恒例となった戦闘後の負傷者の治療に奔走している。

 一昼夜にわたる戦いの後で疲労も大きいはずだが、それでも彼はそのことをおくびにも出さず命を救うための戦いを継続してくれている。


 「ありがたいことだ」


 南雲長官は感謝の言葉をつぶやきつつ、ジュンが戦闘終了後に語っていたことを思い出す。


 「これまでの戦いはほんの序章にしか過ぎません。

 本当の戦いはこれからです。間もなく『エセックス』級空母や『インデペンデンス』級空母の竣工ラッシュが始まります。

 そのうえ、今年後半にはF6Fヘルキャットという零戦の天敵とも言うべき新型戦闘機の投入、さらに並みの艦爆や艦攻では近づくことすら出来ない洗練された防空システムの構築によって米機動部隊への攻撃は困難を極めることになる。それと、信管の不良を克服して爆発するようになる米潜水艦の魚雷。

 なにより、米国の航空機の生産と配備は加速し、日本軍の航空隊は各所で押し込まれることになるでしょう」


 勝った直後なのにもかかわらず、平気で気が滅入るようなことを口にするジュンに対し、南雲長官は苦笑しつつもその真意も理解している。

 かつて自分たちは戦勝につぐ戦勝で慢心と油断にとらわれてしまった。

 そのことで、第一次ミッドウェー海戦ではあわやというところまで追い詰められてしまった。

 帝国海軍は第二次珊瑚海海戦と第二次ミッドウェー海戦で勝利し、さらに第二次インド洋海戦でも完勝をおさめた。

 そのことで、なによりジュンが危惧する増長の空気が帝国海軍に少しずつ蔓延しつつあることを南雲長官もまた感じている。

 だが、南雲長官個人はもう二度と同じ轍を踏むつもりは無い。


 「これからが本当の戦いか」


 ジュンが言った言葉を口にし、南雲長官は気を引き締める。

 強大な国力を誇る米国。

 その真の力が日本に襲いかかるまでに残された時間はあとわずかしかなかった。

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