第55話 徹底追撃

 「英空母部隊の護衛艦艇が反転。接近中の友軍艦隊を阻止する動きと思われる」


 避退を図る英空母部隊の接触任務にあたっている零式水偵の報告に第三艦隊司令長官の小沢中将はただちに攻撃隊を発進させる。

 用心棒がいなくなった今、英空母を攻撃するチャンスだ。

 攻撃隊は「隼鷹」から零戦一二機に九七艦攻一三機、「飛鷹」から零戦一二機に九七艦攻一四機の合わせて五一機からなる。

 対艦攻撃能力のある九七艦攻は当初は三三機あったのだが、被弾や発動機不調によって二割近くの減勢となっていた。


 飛行甲板を蹴り次々に大空へと舞い上がっていく機体を見送る中、小沢中将は第二艦隊から送られてきた報告を思い出している。

 戦艦の数で四対七と劣勢だった昨夜の戦いは、だがしかし第二艦隊の完勝に終わった。

 報告を信じるのであれば、英戦艦部隊はすべての戦艦と巡洋艦、それに駆逐艦を失ったとのことだ。

 さらに、信じられないことに、第二艦隊の南雲長官は戦闘の序盤ですでに五隻の重巡と二隻の軽巡、それに二二隻の駆逐艦に英空母部隊の追撃を命じていたという。

 その、英空母を守っているのは、接触機からの報告によれば「ダイドー」級と思われる三隻の軽巡と九隻の駆逐艦のみ。

 英戦艦部隊との戦いで第二艦隊の巡洋艦は半分、駆逐艦のほうはそのすべての魚雷を撃ち尽くしているというが、それでも戦力差は圧倒的だ。

 そして、第二艦隊が負ける心配が無い中では九七艦攻の攻撃目標もおのずと決まってくる。


 「『隼鷹』艦攻隊ならびに『飛鷹』艦攻隊はそれぞれ一隻の空母を集中攻撃せよ。残る一隻は捨て置け」


 そう命じた小沢長官ではあったが、それでも九七艦攻があと少しあればと思わずにはいられなかった。






 三隻の英空母が大きな航跡を曳きながら西へと驀進している。

 いずれの艦も飛行甲板後部に生々しい焼け跡を残していた。

 ジュンという神の眷属の攻撃によって飛行甲板上の雷撃機が誘爆したというから、その名残だろう。

 その割に英空母には速力の衰えといったようなものが見られないから、装甲空母というのは想像以上にタフなフネなのかもしれない。


 「『隼鷹』隊は左翼、『飛鷹』隊は右翼の空母を攻撃せよ」


 相互支援を受けやすい中央の空母は狙わず、両端にある空母を攻撃するよう命じた村田少佐は自身の機体を含む一三機の九七艦攻を最左翼にある「イラストリアス」級空母に誘う。

 第二次珊瑚海海戦では索敵任務に甘んじた村田少佐はその埋め合わせというわけでもないのだろうが、第二次ミッドウェー海戦や今回の任務において雷撃隊を指揮するというおいしい役割をあてがわれていた。


 英空母からの対空砲火は艦前部から吐き出されるものだけだった。

 艦後部にある高角砲や機関砲、それに機銃は昨夜起きた雷撃機の誘爆に巻き込まれて使用不能になっているのかもしれない。

 護衛艦艇もなく、そのうえ対空火力の半減した英空母からの弾幕は米機動部隊に比べて遥かに薄く、撃墜される機体は無い。


 攻撃は全機が左舷から敢行した。

 狙われた英空母は被雷面積を最小にすべく必死の回頭で魚雷を躱そうとするが、真珠湾攻撃以来のベテランである村田少佐は敵の動きを完全に読み切っていた。

 投雷後、ついに一機の被撃墜機を出してしまうが、残る全機は敵対空砲火の有効射程圏外への離脱に成功する。


 安全圏に到達した村田少佐は眼下の英空母を見やる。

 急速回頭によって生じた丸いウェーキの先端にある英空母の舷側に水柱が次々に湧き立つ。

 結局、村田少佐が確認した水柱は四本だった。

 一三機が投雷したのだから命中率は三割をわずかに超える程度。

 いささか不満の残る成績ではあったが、それでも片舷同時被雷、しかもそれが四本もあれば戦艦といえどもまず助からない。

 まして飛行甲板に分厚い装甲を施したトップヘビーの「イラストリアス」級空母であれば、片舷集中被雷はまさに悪夢といったところだろう。

 そんなことを考えている間に「飛鷹」隊からも連絡が入る。


 「魚雷五本命中、撃沈確実」


 端的というにはあまりに愛想のない報告であったが、内容は文句無しだった。

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