第54話 英戦艦部隊壊滅

 一六隻の巡洋艦や駆逐艦が爆発炎上してもなお強気の姿勢を崩さなかったサマーヴィル提督も、さすがに今は弱気を通り越して覚悟すら決めていた。

 心の支えであった七隻の戦艦のうちの四隻までもが被雷したからだ。

 この結果、七対四だったはずの英日の戦艦戦力は今では三対四と逆転している。

 それでも数の問題だけであれば、まだ戦いようはあった。

 だが、日本側が超大型の新型戦艦を二隻も擁しているのに対し、こちらはそのすべてが旧式艦だ。

 個艦の戦闘力においても日本側のアドバンテージは大きい。

 勝算がほとんど無くなった以上は無理をせずに撤退するのが正解だ。

 軍事作戦において、逃げるということは選択肢の一つであり必ずしも恥では無い。

 だがしかし、現状ではそれは出来る相談ではなかった

 もし仮に健在な戦艦が逃げれば日本の戦艦は今度は手負いとなった「ロドネー」や「レゾリューション」、それに「ロイヤル・サブリン」や「リヴェンジ」にその矛先を向けるだろう。

 水線下に大破孔を穿たれて速度が低下したうえに、水平を保てなくなったことによって砲撃の正確さを欠くこれら四隻が日本の戦艦に撃ち勝つことは不可能だ。


 「『ネルソン』は敵一番艦、『ウォースパイト』と『ラミリーズ』は敵二番艦を狙え。まずはデカブツから片づける」


 最大脅威から排除していくという集団戦のセオリーに従い、サマーヴィル提督は今だ健在の三隻の戦艦に砲撃目標を指示する。

 「長門」や「陸奥」を野放しにしておくのはいささか不本意ではあるのだが、しかしそれよりも二隻の巨大戦艦を無力化するのが先だ。

 「長門」級に比べて一回りも二回りも大きい敵新型戦艦の主砲は間違いなく一七インチ、下手をすれば一八インチ砲という可能性すらあり得た。

 そのような巨弾を食らえばどうなるかなど素人でもすぐに分かる。

 命令を出し終えたサマーヴィル提督が敵艦のいる方角に双眼鏡を向ける。

 その一瞬後、艦橋に異様な振動が走った。

 ふらつき、転倒する寸前の人間まで出たのだから、相当な揺れだ。


 「何が起こった」


 サマーヴィル提督の発した疑問にこたえるべく、「ネルソン」艦長は状況の把握に努める。

 それからほどなく、調査を命じた部下からの報告を受けた「ネルソン」艦長が顔面を蒼白にしながらサマーヴィル提督に向き直る。

 「ネルソン」艦長のただならぬ様子に、サマーヴィル提督は嫌な予感を抑えきれない。


 「艦橋トップに被弾しました。予備射撃指揮所に切り替えます」


 「ネルソン」艦長の端的な報告にサマーヴィル提督はすべてを悟る。

 奴だ。

 神の眷属を自称するジュンという存在。

 そいつが第二次ミッドウェー海戦のときと同様、艦橋トップを吹きとばして「ネルソン」の射撃管制システムに大打撃を与えたのだ。


 状況は絶望的だった。

 「ネルソン」は射撃管制システムの枢要部を破壊されてしまった。

 そのうえ、自分たちにしつこくまとわりつく水上機から放たれた光弾によってその所在を暴露している。

 一方の日本艦隊はいまだ闇に紛れ、そのことで正確な照準は困難を極めている。

 その八方ふさがりの自分たちをあざ笑うかのように四隻の日本戦艦が射撃を始める。

 頭上の光弾によって英戦艦の姿は丸見えになっていることだろう。

 そして、命中弾を得やすい近距離砲戦で先手を取られることは敗北にも等しい。

 このまま戦っても、数で劣り質で劣る側が不利な状況を覆すのは至難だ。

 サマーヴィル提督は東洋艦隊の敗北を悟る。


 「我々は負けた。だが、それは日本海軍にではない。

 悪魔だ。日本海軍にはジュンという名の悪魔が存在する。

 正確極まりない赤い火弾を吐き、あらゆる存在を暴露する白い光弾を操る」


 せめて情報や戦訓だけでも残すべく、サマーヴィル提督は友軍に向けて可能な限りのそれを発信させる。

 だが、サマーヴィル提督は言いたいことのすべてを伝えることはかなわなかった。

 至近距離から放たれた「武蔵」の四六センチ砲弾が「ネルソン」の第一砲塔直下に命中、装甲をやすやすと貫き主砲弾薬庫に飛び込んだからだ。

 その数瞬後、四六センチ砲弾の遅動信管が作動、破格の爆発エネルギーを解放する。

 その強烈な衝撃と膨大な熱は弾薬庫にあった四〇センチ砲弾のことごとくを爆発させる。

 内部からの爆圧に耐え切れず「ネルソン」は炎と煙に包まれ洋上の松明へと成り下がる。

 その頃には「ウォースパイト」もまた「大和」の四六センチ砲弾によって打ち据えられ、「ラミリーズ」は「長門」と「陸奥」の四一センチ砲弾をしたたかに浴びて大炎上、両艦ともに助からないのは明らかだった。

 その様子をみた南雲長官は新たな命令を下す。


 「第一戦隊の各艦は被雷した英戦艦を撃滅せよ。

 左から順に『武蔵』、『大和』、『長門』、それに『陸奥』がそれぞれの目標艦を叩け。一隻も生かして返すな」


 いささか物騒な命令になったのはジュンから受けた進言を履行するためだ。


 「帝国海軍の指揮官は少し淡泊なところがあります。ダメ押しが不徹底というか、とどめを刺せることが出来るのに刺さないというか。

 いずれにせよ、戦力に余裕があり、かつ優勢に戦いを進めているときは深追い上等とばかりに敵を徹底的に追い詰め殲滅してください」


 ジュンの言葉に南雲長官は最初、真珠湾攻撃で第三次攻撃隊を出さなかったことを言われたのかと思ったが、そうではなかったらしい。

 真珠湾攻撃当時の第一航空艦隊の置かれた状況であれば、さっさと引き揚げたのは理にかなっているとジュンは言っていた。

 そのジュンは個人名こそ挙げなかったが、帝国海軍の将官には唾棄すべき怯将が複数存在していると話していた。

 ただ、こうも付け加えている。


 「南雲さんは決して怯将などではありません。ただ、慎重過ぎるだけです」


 ジュンの言葉を思い出し、少しばかり苦笑しつつ南雲長官は新たに目標に定めた最左翼にいる英戦艦を見据える。

 酸素魚雷を食らい。明らかに脚を衰えさせた彼女の頭上に光芒が湧き上がる。

 ジュンが気を利かせて再度光弾を撃ち出してくれたのだろう。

 さらに立て続けに三つの光芒が発生し、その下にある英戦艦のシルエットをくっきりと浮かび上がらせる。

 「武蔵」が、「大和」が、「長門」が、そして「陸奥」が手負いの英戦艦に向けて咆哮する。

 最後の英戦艦が沈没するまで南雲長官は決して手を緩めるつもりは無かった。

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