第53話 酸素魚雷一斉発射

 太陽ほどではないが、それでも月明かりよりも遥かに膨大な光量が七隻の英戦艦を照らし出している。

 距離は二〇〇〇〇メートルあまりといったところか。

 その後方の海面上には複数の炎の揺らぎが見える。

 こちらは先にジュンが始末した巡洋艦か駆逐艦の成れの果ての姿だろう。


 「二度のミッドウェー海戦、それに第二次珊瑚海海戦。助けてもらうのはこれで四度目ですな」


 東洋艦隊に単機で立ち向かい、大きな戦果とともに自分へのアシストを成し遂げてくれたジュンに対し、南雲長官は胸中で心からの感謝を捧げる。

 同時に溌溂とした声で命令を下す。


 「全艦魚雷発射! 発射後はただちに次発装填にかかれ!」


 南雲長官の号令一下、魚雷発射管を装備した巡洋艦や駆逐艦から次々に酸素魚雷が暗夜の海へと飛び込んでいく。

 雷速を落とせば四〇〇〇〇メートル以上の馳走距離を誇る酸素魚雷にとって二〇〇〇〇メートルというのは十分有効射程圏内だ。

 巡洋艦から四二本、駆逐艦からは実に一七六本の合わせて二一八本もの魚雷が英戦艦群を包み込むようにして海面下を一直線に突き進む。

 南雲長官は貪欲だった。

 さらに次発装填を終えた二〇二本もの魚雷を第二波として発射。

 第一波に比べて数はわずかに減少したものの、英戦艦との距離が近づいた分、命中本数はこちらのほうが期待できた。

 英戦艦に殺到したはずの四二〇本もの魚雷は、だがしかし命中したのはわずかに四本だけだった。

 一パーセントに満たない命中率に南雲長官は渋面を隠せないが、それでも気を取り直して命令を下す。


 「『武蔵』一番艦、『大和』三番艦、『長門』と『陸奥』は六番艦を狙え。

 砲撃開始のタイミングは各艦長の判断に委ねる」


 被雷を免れた英戦艦に対し、南雲長官は手持ち戦艦戦力のすべてをぶつけるとともにさらに命令を重ねる。


 「第四戦隊と第五戦隊、ならびに第七戦隊と水雷戦隊は敵空母部隊の追撃にあたれ。指揮は第四戦隊司令官がこれを執れ」


 戦線離脱を図る英空母部隊との距離はまださほど大きくは開いてはいない。

 ターポンによる夜間雷撃を仕掛けようと日本艦隊に肉薄したことが、逆に英空母部隊にとってあだとなっていた。

 だからこそ、今、追撃をかければ英空母部隊がトリンコマリーに逃げ込む前に捕捉することも十分に可能なはず。

 日本の巡洋艦や駆逐艦は脚は短いが、一方で脚はかなり速い。


 被雷した四隻の戦艦については、南雲長官は今しばらくは捨て置くことにした。

 九一式航空魚雷の三倍の重量を持つ九三式酸素魚雷の破壊力は絶大だ。

 これを一本でも食らえば水雷防御に優れた新型戦艦でさえ大量の浸水をきたし、注水で水平を完全に復元するのに相応の時間がかかる。

 そして、これが出来ないうちは正確な射撃は望めない。

 だから、その間に無傷の三隻の戦艦を沈めればいい。

 「武蔵」が相対するのはその独特の形状から「ネルソン」級、「大和」と「長門」、それに「陸奥」が対峙するのは「R」級かあるいは「QE」級のいずれかだろう。

 四戦艦の同時被雷によって敵の隊列は乱れている。


 「これで負けたらジュンさんに顔向け出来んな」


 そんなことを思う南雲長官の耳に主砲発射のブザー音が飛び込んでくる。

 主砲発射に伴う衝撃に身構える彼の目に、敵戦艦の艦橋トップが赤く光る姿が映り込む。

 英戦艦のレーダー射撃に異様ともいえる警戒心を抱くジュンが得意の火弾を撃ち込んだのだろう。


 「ありがたいことだ」


 「大和」の装甲がいくらぶ厚いと言っても、一〇〇〇〇メートル余りの近距離では四〇センチ砲はもちろん、三八センチ砲であっても撃ち抜かれる可能性が高い。

 だが、レーダーとメインの測距儀を失った今、英戦艦が早い段階で命中弾を得ることは極めて困難になった。

 そう考えつつ、南雲長官は双眼鏡で敵戦艦を見据える。

 夜間とはいえ、ジュンが放った光弾によって英戦艦の周辺だけは妙に明るい。

 「武蔵」が命中弾を得るまでに、さほど時間はかからないはずだった。

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