第52話 火炎弾一六連

 中央に七隻の戦艦、その左右にそれぞれ六隻の駆逐艦と二隻の巡洋艦からなる三つの単縦陣。

 このうち、四隻の巡洋艦はいずれも「サウサンプトン」級か「フィジー」級軽巡洋艦と思われた。

 かつての東洋艦隊はD級やE級といった旧式巡洋艦でお茶を濁していたが、今回は一万トン近い新鋭軽巡を配しているのだから、相当に気合が入っている。


 英戦艦部隊の陣形を読み取った俺は、零式観測機を海面高度付近にまで降下させるよう操縦士に依頼する。

 その英戦艦部隊は、零式観測機といわず、接触維持任務にあたる零式水上偵察機といわず、飛んでいるものに対して見境なく撃ちかけてきた。

 その砲火は熾烈ではあったが、どことなく執拗さを欠いていた。

 こちらを撃ち墜とすというよりも味方の戦艦に近づけないようにしているようだ。

 実際、避退を図る機体については、これを追いかける火箭の数は思いのほか少ない。

 あるいは、第二次ミッドウェー海戦で得た米軍の戦訓、四隻の米新型戦艦の身に起こった情報が英軍にも周知されているのかもしれない。


 「だが、今回は違う!」


 英戦艦部隊の左側海面、俺は零式観測機の後席で火炎弾とともに自身が視認した目標にぶつけるための自動追尾魔法を練り込む。

 これから放つ火炎弾はゴブリンといった下級モンスターを倒せる程度の威力で練り込んでいるからかなりの数を連射出来る。

 敵の左翼は前方に六隻の駆逐艦が、さらにその後方に二隻の軽巡が続く単縦陣。

 俺はそれらの陣形を崩さないよう、最後尾の軽巡に向けて自動追尾魔法、つまり俺が目標と定めた個所にまさにピンポイントで命中させるためのそれを織り込んだ火炎弾を撃ちかける。

 さらにその前方の軽巡、続いて六隻の駆逐艦にも同様に火炎弾を次々に放つ。


 俺が狙ったのは各艦の甲板上にある魚雷発射管。

 連射するために魔力を節約した、つまりは威力を絞った火炎弾だ。

 とはいえ、発射管の中にある魚雷の弾頭を炙るには十分な熱量を持っている。

 効果は劇的だった。

 闇の中、八隻の軽巡や駆逐艦から次々に閃光が湧きたち、時間を置いておどろおどろしい爆音が伝わってくる。


 その頃には俺の乗る零式観測機は反転しつつ英艦隊の最後尾を回り込み同艦隊の右側へとポジションチェンジする。

 そして、今度は戦艦群の右翼に展開する同じく二隻の軽巡と六隻の駆逐艦に向けて火炎弾を放つ。

 俺に狙われた右翼の八隻の軽巡や駆逐艦もまた先程と同様、盛大な爆発を起こし闇の中にその無残な姿を晒す。

 装甲の薄い軽巡やあるいは無きに等しい駆逐艦が甲板上とはいえ複数の魚雷が誘爆してはたまらない。

 いずれの艦も速度を大きく衰えさせ洋上を這うように進むだけだ。


 この戦いが始まるまで、俺は考えていたことがあった。

 俺のような万能タイプの魔法使いは扱える魔法の種類が多い一方でその威力や効果に乏しい。

 逆に特化型の魔法使い、それも攻撃タイプの魔法にその力を振った連中であれば一撃で戦艦を葬れる力を持っている。

 だが、残念ながら俺にそのような力は無い。

 しかし、なんとかと魔法は使いようだ。

 軍艦には爆発物や可燃物といった危険物が満載されている。

 それらを利用すれば、威力に乏しい俺の魔法でも巡洋艦や駆逐艦程度であれば十分に撃破出来る。

 実際、第二次珊瑚海海戦において重巡「三隈」は自身が搭載する魚雷の誘爆によって致命傷を負い、その身を海底に沈めることになった。

 その彼女よりも排水量の小さな軽巡や駆逐艦に同様のことが惹起すればどうなるかは容易に想像がつく。


 洋上に一六の松明を確認した俺は最後に残った中央の単縦陣、その先頭を行く戦艦の頭上目掛けて閃光弾を放つ。

 月明かりを大きく凌ぐ膨大な光量によって英戦艦はその姿を暴露する。


 「後は頼んますよ、南雲さん」


 なすべき役割を果たした俺は胸中で闇の中を驀進する「武蔵」に向けて呼びかける。

 第二艦隊の艨艟たちが、その磨きに磨いた爪と牙を英戦艦に突き立てるはずだった。

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