第49話 単機の敵機

 その報告を受けたとき、サマーヴィル提督は眉を曇らせた。

 空母部隊指揮官によると、日本の攻撃隊を迎撃したマートレットのうち四割近い四三機が撃墜されたというのだ。

 さらに被弾損傷した機体も多く、即時出撃可能な機体は三〇機を割り込んでいるらしい。

 一方、マートレット隊は零戦を四〇機撃墜したと報告していた。

 キルレシオはほぼ一対一だが、そんな報告を鵜呑みにするほどサマーヴィル提督は初心ではない。

 彼我の戦果と損害がほぼ同じ場合は、間違いなくこちらの負けだ。

 マートレット隊が挙げた戦果は控えめに見積もってその半分の二〇機、下手をすればもっと少ないかもしれない。


 「だが、勝負はこれからだ」


 サマーヴィル提督はさっさと思考を切り替える。

 すでに日は沈み、周囲はすっかり闇に閉ざされている。

 夜は英国の時間だ。

 戦艦部隊はレーダー射撃に通じた優秀な将兵、空母部隊は夜間雷撃をこなせる手練れの搭乗員を擁している。


 その空母部隊は現在、夜間攻撃隊の発進準備に大わらわのはずだ。

 英戦艦部隊と日本の水上打撃部隊が干戈を交える直前、「インドミタブル」と「フォーミダブル」、それに「イラストリアス」から発進した四五機のターポンが日本の戦艦に雷撃を敢行する。

 サマーヴィル提督はついさっきまで、雷撃隊の目標を戦艦にするかあるいは空母にするかで悩んでいた。

 日本艦隊に正規空母があれば悩む必要は無いのだが、同艦隊には小型空母かあるいは改造空母といった二線級のそれしか配備されていない。

 悩んだ結果、サマーヴィル提督は戦艦を攻撃することに決めた。


 「小型空母や改造空母を撃沈するよりも日本国民にその存在の知れ渡った『長門』や『陸奥』、それに新型戦艦を沈めたほうが日本側に与える精神的ダメージが大きい」


 幕僚たちにはそう話した。

 それは決して嘘ではなかったが、理由のすべてでもない。

 彼は口にこそ出さないものの、なにより日本艦隊に対して砲雷撃戦を挑んでみたいという気持ちが大きかった。

 視界の利かない夜間、レーダー射撃で日本艦隊を撃滅する。

 確実を期したいのであれば、ターポンによる魚雷攻撃で敵戦艦の逃げ脚を奪っておくのが一番だ。

 腕利きが駆るターポンであれば最低でも一割、うまくいけば二割程度を命中させることが可能だろう。

 浸水で脚を奪われ、傾斜によって正確な射撃が出来なくなった日本の戦艦を一方的に痛打する。

 敵の空母は撃ち漏らすことになるが、戦闘機とわずかな数の偵察機しか持ち合わせていないのであれば何ほどの脅威でもない。

 そう考えるサマーヴィル提督のもとに報告がなされる。


 「敵機と思われる反応、数は一。我が艦隊を迂回し、後方の空母部隊へ向かう模様」


 レーダーオペレーターの言葉にサマーヴィル提督はすかさず命令を下す。


 「単機であれば夜間索敵機か接触維持の機体だろう。砲撃は厳禁、こちらから所在を暴露するような真似をする必要は無い」


 そう言い置いて、サマーヴィル提督はその思考を日本艦隊との水上砲雷撃戦へと戻す。

 彼の頭の中では七隻の英戦艦がレーダー射撃によって一方的に日本戦艦を叩くイメージがはっきりと浮かび上がっていた。

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