第48話 夜間出撃

 「まずは幸先の良い滑り出しと言っていいようですな」


 第一次攻撃隊からの戦果報告に第二艦隊司令長官の南雲中将は多分に安堵を含んだ笑みをこぼす。

 第三艦隊から発進した敵戦闘機掃討任務を帯びた八四機の零戦隊は一〇〇機を超えるF4Fと交戦、このうち七〇機あまりを撃墜したという。

 一方で零戦の未帰還は一一機だったから、単純に考えれば圧勝と言ってもいい。

 だが、刹那の勝負である航空戦はその戦果の誤認も大きい。

 二割、三割の戦果水増しは日常茶飯事で、技量未熟な部隊であれば容易にそれが二倍、三倍にも膨れ上がる。

 史実でも、日本軍が発表した戦果と連合国側が認めた損害の乖離は極めて大きかった。

 まあ、第一次攻撃隊の零戦はそのほとんどが熟練で固められていたはずだからかなりマシなはずだが、それでも七〇機以上という数字は鵜呑みにすべきではない。

 ただ、俺はそのことを南雲長官に指摘せずにおいた。

 余計なことを言って南雲長官のモチベーションをわざわざ下げる必要も無い。


 「第一次攻撃隊は十分にその役目を果たしてくれました。これで太陽が昇っている間は英機動部隊が仕掛けてくることは無くなったとみていいでしょう。勝負は日没後です」


 俺の言葉に南雲長官も大きくうなずく。


 「タラント空襲といった実績を持っていますからな。『イラストリアス』一隻だけで三隻ものイタリア戦艦を撃沈破している。視界の悪い夜間攻撃でこの戦果は破格です。こと、雷撃に関しては搭乗員の技量は我々と同等か、あるいは下手をしたら上回るかもしれませんな」


 開戦当初こそ無敵だった日本の機動部隊も、ミッドウェー海戦で米軍が仕掛けた罠にはまり、第二次珊瑚海海戦では重巡「三隈」を撃沈されたうえに空母「加賀」があわや撃沈かという危機にさらされた。

 そんな経験が南雲長官に芽生え始めていた油断や驕慢の念を取り除き、謙虚さや慎重さを取り戻させたのだろう。


 「英艦隊への接触機は出し惜しみをせず、確実にその維持を図るようにしてください。俺も日没前には『武蔵』から出撃します」


 「夕方までは九七艦攻が、日没後は『利根』ならびに『筑摩』の零式水偵が複数で接触を維持することになっています。

 それよりも、よろしいのですか? ジュンさんの申し出はなによりありがたいのですが、夜間とはいえ零式観測機一機で敵に殴り込みをかけるなど正気の沙汰とは思えないのですが。

 もちろん、ジュンさんの神の眷属の力は重々承知しているつもりですが、あまりにも危険です。もし、万が一ジュンさんの身に何か起これば帝国海軍にとってその損失は計り知れません。今一度、考え直していただくわけにはまいりませんか」


 俺の出撃宣言に南雲長官は心底心配そうな顔を向けてくるが、これをやるとやらないとでは日本側の損害が、つまりは戦いの犠牲になる将兵の数が大きく違ってくる。


 「ご心配をおかけしてすみません。ただ、神の眷属の名にかけて必ず成功させます。それよりも、後のことをお願いします。今夜の第二艦隊の働き次第で今次大戦、特に欧州の情勢は大きく動くはずです。

 この大戦のカギを握るのが欧州戦線である以上、この戦いの結果は日本の行く末にもまた決定的な影響を及ぼします。冗談ではなく、この戦いはかつての日本海海戦に勝るとも劣らない大一番なのです。

 皇国の興廃はこの一戦にかかっていると言ってもいい。つまり、日本の未来は南雲さんの双肩にかかっているのです」


 意地悪なプレッシャーをかける俺に、だがしかし南雲長官は「承知しております」と言って苦笑の笑顔を返すとともに素人には真似の出来ない見事な敬礼を決める。


 「ジュンさんのご武運をお祈りします」

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