第47話 零戦三二型
昨年四月に生起したインド洋海戦において、当時の第一航空艦隊は拙いというかケチケチした索敵のために東洋艦隊主力の捕捉に失敗していた。
その二の舞を演じないよう、今回は第三艦隊の五隻の空母から二四機もの九七艦攻が索敵に投入されている。
索敵は標準的な二段索敵で、一二機ずつが時間差を置いて北西から南西に向けて末広がりに進出していく。
そのうちの一機、索敵線の中央やや南寄りを飛行していた九七艦攻が東洋艦隊を発見、その報せに第三艦隊の小沢長官はただちに攻撃隊を発進させた。
「隼鷹」と「飛鷹」からそれぞれ二四機、「龍驤」と「瑞鳳」、それに「龍鳳」からそれぞれ一二機の零戦、さらに誘導と前路警戒の任につく二式艦偵が「隼鷹」と「飛鷹」からそれぞれ一機ずつ飛び立つ。
索敵に出した九七艦攻はそのすべてが「隼鷹」か「飛鷹」に収容され、逆に出撃した「隼鷹」と「飛鷹」所属の零戦のうち、その半数近くは「龍驤」か「瑞鳳」、あるいは「龍鳳」に帰投するよう指示されている。
それら八四機の零戦を迎え撃ったのは三隻の英空母から飛び立った一〇八機のマートレットだった。
世界最高水準を誇るレーダーと、世界一洗練された航空管制を併せ持つ英軍の実力は本物で、零戦隊は東洋艦隊からかなり手前の空域で迎撃を受けることになった。
しかし、零戦側も先行偵察機からの一報によって敵編隊の存在を事前に知らされており、おおよその機数とその高度の情報も得ていた。
「敵は三〇乃至四〇からなる編隊が三つ、高度を上げつつ東北東へ進撃中。
その機動から一般的な攻撃隊ではなく、戦闘機掃討隊かあるいは迎撃戦闘機隊と思われる。あと三分ほどで零戦隊からも視認できるはずだ」
二式艦偵の報告に、攻撃隊指揮官の新郷少佐は敵の数が想定の範囲内だったことに安堵する。
余裕をかませられるほどではないが、それでも十分対処可能な数だ。
新郷少佐は機体を上昇させつつ、前方に目を凝らす。
青い空にゴマ粒が染み出してくる。
報告のあった通り三〇乃至四〇機ほどの編隊が三群。
「『隼鷹』隊は左翼、『飛鷹』隊は右翼の敵を攻撃せよ。『龍驤』と『瑞鳳』、それに『龍鳳』隊は中央の敵を叩け。全機突撃せよ!」
三六機の零戦がそのまま真っすぐに進み、四八機の零戦が二四機ずつに分かれ左右に展開する。
高度はほぼ同じ。
イコールコンディションだ。
だが、敵の形状がはっきりしてくるのに従い、だがしかし新郷少佐は違和感を覚える。
英戦闘機にしては機首が太い。
つまりはシーハリケーンでもシーファイヤでもない、空冷発動機を持つ戦闘機だ。
「F4Fか!」
太平洋で何度も干戈を交えた宿敵。
低伸する高性能のブローニング一二・七ミリ機銃を装備するF4Fはかなり遠めからでも撃ちかけてくる剣呑極まりない相手だ。
そう理解する前に先に体が反応していた。
とっさに機体を捻った新郷少佐のすぐ横の空間を六条の火箭が刺し貫く。
機体操作が数瞬遅れていれば死んでいたことを一瞬で忘れ、新郷少佐は旋回をかけつつ、全周をチラ見する。
単機航法も可能な熟練で固めていたおかげで、初撃でやられた機体はどうやら無かったようだ。
そのことに安堵しつつ新郷少佐はF4Fの後方に食らいつく。
旋回性能は身軽な零戦のほうが明らかに上だ。
その零戦は全機が新型の三二型に更新されていた。
これらは従来の二一型に比べてエンジン出力が二割近く向上、加速や上昇力はもちろん、急降下性能や横転性能も改善されている。
さらに嬉しいことに、武装も強化されている。
弾道が低伸しない一号機銃から初速の速い二号機銃に置き換えられたのだ。
この措置については、生産ラインの変更を渋る現場を山本連合艦隊司令長官自らが説き伏せ、さらにその陰には神の眷属の姿もあったという噂があるのだが、少佐になりたてほやほやの新郷少佐には与り知らぬことである。
だが、なんにせよ使える武器の配備はありがたいことこのうえない。
新郷少佐は遠慮なく二号機銃をぶっ放す。
初速が向上、つまりは威力が上がった二〇ミリ弾がF4Fの胴体へと吸い込まれていく。
防御力に定評のある米国製戦闘機も高初速の二〇ミリ弾をまともに浴びてはたまらない。
一方、F4Fの側はその挙動からかなり混乱しているように新郷少佐には見えた。
あるいは、翼端が角張った零戦を新型戦闘機と勘違いして恐慌に陥りつつあるのかもしれない。
いずれにせよ、今のところは零戦がF4Fを圧倒している。
会敵当初はこちらより三割程度は多かったはずのF4Fも、今では零戦とほとんど変わらない数にまで減じている。
そして、熟練の新郷少佐は好機を逃さない。
このまま押し切るべくスロットルもまた押し込む。
栄二一型エンジンが咆哮し、新たな獲物へと食らいつく。
後に第二次インド洋海戦と名付けられる戦いは日本側優勢で始まった。
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