第46話 東洋艦隊

 サマーヴィル提督は新しく旗艦とした戦艦「ネルソン」の艦橋で昨年四月に生起した海戦のことを思い出している。

 一九四二年四月、インド洋に侵攻してきた日本の第一航空艦隊に対し、当時の東洋艦隊は出撃こそしたものの、敵に一矢を報いることすらかなわなかった。

 逆に、一航艦に発見された「コーンウォール」と「ドーセットシャー」の二隻の重巡、それに小型空母の「ハーミーズ」は反撃もむなしく撃沈されてしまった。

 不幸中の幸いだったのは東洋艦隊主力が一航艦に見つからずに済み、そのことで同艦隊が壊滅的ダメージを被らずに戦場を後にすることが出来たことだ。

 もし、東洋艦隊主力が一航艦に見つかっていれば、獰猛な艦上機の群れに成すすべもなく、そのほとんどの艦が撃沈の憂き目にあっていたことだろう。


 「だがっ!」


 サマーヴィル提督は胸中で反撃の闘志を燃やす。

 現在の東洋艦隊はあの頃とは違う。

 戦艦を押しのけて海戦の主役となった空母の数こそ昨年と同じだが、そのいずれもが防御力に優れた「イラストリアス」級装甲空母だ。

 七六ミリにも及ぶ飛行甲板装甲は、九九艦爆が投じる二五〇キロ爆弾程度であればかなりの耐久力を見せてくれるだろう。

 それと、それら三隻は米空母にならい、現在では積極的に飛行甲板露天繋止を活用することで搭載機数を大幅に増やしている。

 東洋艦隊が保有する空母は「インドミタブル」と「フォーミダブル」、それに追加配備された「イラストリアス」の三隻。

 そのいずれもが米国製の艦上機を運用している。

 そのことについて、サマーヴィル提督はいささか気に障るものがあったものの、それでも米国製の艦上機のほうが性能も信頼性も上なのだから、そこは仕方が無いと割り切るしかなかった。

 その配下の三隻の空母が搭載する艦上機は一六三機に達する。

 わずかに三六機の戦闘機と五七機の雷撃機しかなかったインド洋海戦当時に比べれば七五パーセントもの増勢であり、戦闘機だけに限って言えばそれは三倍にも達する。

 正規空母が一隻も無く、小型あるいは改造空母が四隻乃至五隻程度と思われる日本艦隊に対しては、少なくとも艦上機の数において後れを取ることはないはずだ。


 また、戦艦のほうは「ウォースパイト」の他に「レゾリューション」と「ラミリーズ」、それに「ロイヤル・サブリン」と「リヴェンジ」が昨年と同様に東洋艦隊に在籍しており、そのいずれもが八門の三八センチ砲を装備する。

 そして、これに新たに四〇センチ砲搭載の「ネルソン」と「ロドネー」が加わった。

 旧式戦艦最強の「ネルソン」と「ロドネー」の東洋艦隊への配備は当然のことながらサマーヴィル提督に対して大きな勇気を与えた。


 「『アンソン』と『ハウ』の慣熟訓練が終わったことで『キングジョージV』級は四隻態勢となった。そのことで『ネルソン』と『ロドネー』を東洋艦隊に回す余裕が出来たのだろう。また、トーチ作戦が延期になったことも大きいはずだ。

 だが、それでも地中海の戦況が逼迫している中で二隻の四〇センチ砲搭載戦艦の追加配備はありがたい。これで、日本艦隊に勝てる目算がついた」


 戦艦戦力で有利、空母戦力も同等かそれ以上。

 そうであれば戦いを避ける理由は無い。


 「昨年末に起きた第二次ミッドウェー海戦では七隻の戦艦を主力とする日本の水上打撃部隊が四隻の米新型戦艦を撃沈したという。

 だが、今回は逆だ。七隻の英戦艦が四隻の日本戦艦を討ち取り、米戦艦の復仇を果たす」


 そう決意するサマーヴィル提督は改めて自身に与えられた戦力を脳裏に描く。

 正直言えば巡洋艦や駆逐艦といった補助艦艇はもう少し欲しいところだが、Uボートやドイツ航空艦隊と日々激戦を繰り広げる中においては極東に回す余裕がないのも仕方が無いことだと理解している。

 それでも東洋艦隊の総合力は間違いなく日本艦隊に優越すると、その時の彼は固く信じていた。



 東洋艦隊


 空母部隊

 「インドミタブル」(マートレット三六、ターポン二五)

 「フォーミダブル」(マートレット三六、ターポン一五)

 「イラストリアス」(マートレット三六、ターポン一五)

 軽巡三、駆逐艦九


 戦艦部隊

 戦艦「ネルソン」「ロドネー」「ウォースパイト」「レゾリューション」「ラミリーズ」「ロイヤル・サブリン」「リヴェンジ」

 軽巡四、駆逐艦一二

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