第44話 追撃せず

 後に第二次ミッドウェー海戦と呼ばれることになる一連の戦い。

 その初戦となった夜間砲雷撃戦が終わった直後から、俺は短距離テレポートと治癒魔法を使って負傷者の治癒にあたった。

 この戦いにおいて第二艦隊は戦艦四隻に軽巡六隻、それに一六隻の駆逐艦を擁する米水上打撃部隊のすべての艦を撃沈した一方で、自軍は沈没艦ゼロという快挙を成し遂げている。

 だが、ほぼ一方的に敵を殲滅した第一戦隊や第七戦隊、それに水雷戦隊と違って第三戦隊の「金剛」型戦艦と第四戦隊の「愛宕」、それに第五戦隊の「妙高」は米軽巡洋艦から六インチ砲弾を浴びて少なくない死傷者を出していた。


 俺はそれら死傷者の中で特に生命に危険のある重傷者を集中的に診て回った。

 直前の戦いで俺は数発の閃光弾と四発の火炎弾を使っていたが、魔力を大量に消耗する大技は使っていなかったので魔力残量には余裕があった

 その負傷者の治癒にあたる際、俺は自身が戦争に慣れてしまったことを実感する。

 第一次ミッドウェー海戦の頃は重傷者の悲惨な状態に半ば目を背け、吐き気をこらえながら治癒魔法を施していたのだが、最近ではその光景を見てもあまりなんとも思わなくなってしまった。

 肝が据わったというよりは、人間として大切な何かが摩耗してしまったのかもしれない。

 そんな俺が一通りの治療を終えて「大和」に戻った時には機動部隊同士の戦いも決着していた。


 「将兵の治療ご苦労様でした。第二艦隊を預かる責任者としてジュンさんに改めてお礼申し上げます。それと、朗報です。米機動部隊と交戦した第三艦隊は米空母四隻を撃沈したとのことです」


 「米水上打撃部隊を打ち破り、ミッドウェー基地を叩いた。そして米空母もすべて撃沈した。

 そうなってくると残るは米機動部隊の残存艦艇だけとなりますね。そちらはどうなっていますか」


 南雲第二艦隊司令長官から直々に戦果報告を受けた俺は、その彼に現況を尋ねる。


 「第三艦隊からの報告によれば、ほぼすべての艦に二五番を命中させたそうです。装甲の薄い巡洋艦かそれが無きに等しい駆逐艦が二五番を食らえば被害は甚大でしょう。

 ただ、追撃の余裕が我々にあるかと言えば、正直言ってそこは厳しいと思います。第二艦隊は先の夜戦とミッドウェー基地への砲撃ですべての魚雷を使い切り、さらに砲弾も危険なまでに払底しています。

 第三艦隊の巡洋艦や駆逐艦は十分な砲弾や魚雷を残していますが、それらで追撃をかけたとして果たして成算があるかどうかは微妙なところです」


 俺の記憶によれば、米機動部隊には空母の護衛に一二隻の巡洋艦と二四隻の駆逐艦があったはず。

 一方の第三艦隊は重巡と軽巡がそれぞれ二隻とそれに駆逐艦が二〇隻。

 敵艦の多くが被弾していることを考えれば、第三艦隊の水上艦艇をぶつければ戦果の拡大はあるいは可能かもしれない。

 だが、それでも巡洋艦戦力はあまりにも隔絶しているし、こちらも空母の護衛に半数の駆逐艦は残しておかなければならないから単純に考えても戦力差は二倍以上ある。


 「残念ながら第三艦隊の水上打撃艦艇による敵残存艦隊の追撃はあきらめるべきでしょう。彼我の戦力差が少しばかり大きすぎます。

 それに、敵機動部隊を攻撃した第三艦隊の艦爆や艦攻の稼働機も激減しているはずです。すでに米空母の撃滅という目標は達成しているのですから、ここは態勢を整えて最後の敵に備えるべきです」


 俺の言葉に南雲長官が納得顔になる。


 「潜水艦ですな。確かに、第二次珊瑚海海戦では『加賀』が狙われて、その危ないところをジュンさんに救っていただいた。

 それに、前回と違って我々は今、米国のホームグラウンドとも言うべきミッドウェーで戦っている。その危険度は珊瑚海よりも遥かに大きい」


 「おっしゃる通りです。敵残存艦隊を追撃したら、そこは敵潜水艦のキルゾーンだったなんてことがあればしゃれになりません。

 第二艦隊は速やかに第三艦隊と合流し、敵潜水艦への備えを厚くすべきだと思います」


 第二次珊瑚海海戦で冷や汗をかかされた記憶が強烈だったのだろう。

 南雲長官は深くうなずき、今後の方針を参謀らに伝える。

 その姿を見て、俺は南雲長官に断って「大和」に設けられた自室へと戻る。

 女神のチートを授かっているとはいえ、完徹したうえに立て続けの魔力行使にさすがの俺も疲労困憊だ。

 寝台に倒れ込む直前、俺は最後に広域感知魔法を海面下に向かって発動させる。


 「うん、ここらあたりに潜水艦の反応は無い」


 そう確認した途端、強烈な睡魔が襲ってきた。

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