第43話 四空母撃沈

 第一次攻撃隊と第二次攻撃隊がそれぞれ七二機、第三次攻撃隊に至っては九〇機もの零戦を投入したのにもかかわらず、米機動部隊は第四次攻撃隊の迎撃に四〇機あまりのF4FとSBDを繰り出してきた。

 だが、六〇機近い零戦の防衛網を突破することはかなわず、すべての機体が目的を果たせないまま蹴散らされてしまった。


 「甲部隊は左翼の空母群を攻撃せよ。攻撃手順は『飛龍』艦攻隊長の指示に従え」


 第四次攻撃隊指揮官の淵田中佐の命令によって、攻撃隊の半数が機首を左に向け速度を上げていく。


 「乙部隊は右翼の空母群を攻撃する。前方の空母は『加賀』隊と『飛鷹』隊、後方の空母は『赤城』隊と『隼鷹』隊がこれを叩く。

 艦爆隊は護衛艦艇を狙え。艦攻隊は『隼鷹』隊と『飛鷹』隊が右から、『赤城』隊と『加賀』隊は左から空母を狙え。

 全機、突撃せよ!」


 落ち着いた声で一連の命令を出し終えた淵田中佐は輪形陣の左翼側へと部下たちを誘導する。

 第二次攻撃に参加した九九艦爆と九七艦攻はそれぞれ一〇八機と九六機だったが、事故や発動機に不調をきたした機体が出たため現在はそれぞれ一〇一機と八九機に減じている。


 後方の空母群に「赤城」と「隼鷹」の合わせて二五機の九九艦爆が真っ先に攻撃を仕掛ける。

 従来とは違い、小隊ごとに二五番を一斉投下する。

 このやり方だと、命中率は低下するものの、一方で敵の対空火力が分散するから被害の低減が期待できた。

 だが、敵の対空砲火は熾烈で、左右にそれぞれ一隻ずつある小ぶりの巡洋艦から撃ち上げられるそれは特に凄まじかった。


 降下前に二機、さらに降下中に同じく二機が対空砲火によって食われ、さらに投弾後の離脱途中にも一機の九九艦爆が機銃弾をまともに浴びて撃墜される。

 ただの一度の攻撃で二割もの損害を被った九九艦爆隊だったが、戦果もまた挙がった。

 命中したのは九発で、四割を切る命中率は搭乗員らの技量を考えれば少し物足りないものの、それでもすべての護衛艦艇に命中弾を与えることが出来た。

 そのことで、最初はきれいな円を描いていたはずの輪形陣も、今は見る影もない。


 その隙をついて右から一一機の「隼鷹」艦攻隊が、左からは淵田中佐が直率する同じく一一機の「赤城」艦攻隊が必殺の九一式航空魚雷をお見舞いすべく米空母に肉薄する。

 そこで淵田中佐は自身が外れくじを引いたことを悟る。

 眼前の空母の艦橋には煙突が無かったのだ。


 「くそっ、『レンジャー』か!」


 「レンジャー」もまた立派な正規空母ではあったものの、さらに新しくて大きな「ヨークタウン」級から見れば格落ち感は否めない。

 淵田中佐としては最低でも「ヨークタウン」級、可能であれば第一次珊瑚海海戦で「祥鳳」を沈めた「ヨークタウン」を撃沈して仇討ちといきたいところだったが、それはかなわなかった。

 だが、「レンジャー」から撃ち上げられる対空砲火に狙われたことで、その雑念は雲散霧消する。

 その、わずか一五〇〇〇トン程度にしか過ぎないはずの「レンジャー」の対空砲火は淵田中佐の想像を超えていた。

 凄まじい火弾や火箭が吹きすさび、投雷前に一機が至近弾を食らってミッドウェーの海面に叩き落とされる。

 さらに投雷直後にも一機が機銃弾に絡めとられ、火を噴きながら墜ちていった。


 一方、「レンジャー」のほうは「赤城」隊と「隼鷹」隊が放った魚雷を躱すべく必死の回頭を試みる。

 しかし、熟練が放った二〇本からなる魚雷の包囲網から逃れることは出来ず、右舷と左舷にそれぞれ三発を被雷した。

 短時間に六本もの魚雷を食らえば、「レンジャー」はもちろんのこと、「ヨークタウン」級でさえ浮き続けることは困難だろう。

 他隊の戦果も続々と報告されてくる。


 「『ヨークタウン』級に魚雷七本命中、すでに沈みつつあり」

 「『ヨークタウン』級に魚雷五本命中、大傾斜、撃沈確実」

 「『ヨークタウン』級に魚雷六本命中、大炎上、撃沈確実」


 空母四隻の同時撃沈は前代未聞の大戦果だ。

 だが、一方で深刻な損害も被った。

 特に艦攻隊は零戦の奮闘によって敵戦闘機に食われることもなく、また艦爆隊の献身によって敵の護衛艦艇に妨害されることもなく敵空母にとりつくことが出来た。

 つまりは、理想的な攻撃を仕掛けることが出来たはずなのだ。

 それなのにもかかわらず、二割にも達する損害を被ってしまった。


 考えられる理由は二つ。

 米空母の対空能力が思いのほか高かったこと。

 そして、もうひとつは九七艦攻があまりにも打たれ弱い機体だということだ。


 「これからは、九九艦爆や九七艦攻のような防弾装備が貧弱な機体で戦うのは厳しいな」


 淵田中佐は大戦果を挙げた直後なのにもかかわらず、母艦航空隊の前途に暗いものを感じないではいられなかった。

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