第42話 空母の要
第二次攻撃隊は「赤城」と「加賀」、それに「翔鶴」と「瑞鶴」からそれぞれ零戦九機に九九艦爆が一八機、それに九七艦攻が一二機。
「飛龍」と「蒼龍」、それに「隼鷹」と「飛鷹」から零戦と九九艦爆がそれぞれ九機に九七艦攻一二機の合わせて二七六機からなる。
四隻の米空母を撃沈するには十分といえる戦力だが、だがしかし第二次攻撃隊指揮官の淵田中佐は攻撃を断念せざるを得なかった。
敵艦隊近傍で活動中の二式艦偵より二〇〇機近い迎撃機がこちらに向かっているとの情報がもたらされたからだ。
淵田中佐は知らなかったが、第一次攻撃隊の七二機の零戦は迎撃してきた一四四機のF4Fと干戈を交えていた。
初撃で敵を分断したことによって数的不利を覆した零戦は大暴れし、F4F三七機を撃墜し、五八機を戦闘続行不能に追い込んだ。
だが、生き残った四九機のF4Fと新たに四隻の米空母から発進した一三五機のSBDが第二次攻撃隊を迎撃すべく淵田中佐らの前に立ちはだかったのだ。
「全機、爆弾ならびに魚雷を投棄せよ。その後反転、帰投する。なお、零戦隊はそのまま前進、敵迎撃機を撃滅せよ」
無念を押し殺し、努めて平坦な口調で淵田中佐は命令を下す。
数瞬後、米空母やその護衛艦艇に叩きこまれるはずだった一〇八発の二五番と九六本の九一式航空魚雷、それらがミッドウェーの海面にむなしく投げ込まれていった。
同時にこれまでの整備員や兵器員らの苦労もまた、水の泡となる。
一方、零戦隊のほうは速度と高度を上げ、東の空へと進撃していく。
皮肉にも、その姿は面倒な羊のお守りから解放されて喜ぶ牧羊犬のように淵田中佐には思えた。
「敵迎撃第二陣多数、攻撃断念、これより帰投ス」
第二次攻撃隊指揮官の淵田中佐より無念交じりの報告を受けた時点で第三艦隊の一〇隻の空母にはそれぞれ二個中隊、合わせて一八〇機の零戦があった。
そのうち、半数は上空警戒、残る半数は飛行甲板で即応待機の状態だった。
「もはや敵艦上機による空襲の可能性は考慮しなくていい。ただちに飛行甲板にある零戦を出撃させろ。第三次攻撃隊として敵迎撃機の掃討にあたらせる。
それと、上空にある零戦は第三次攻撃隊が発進した後に一個小隊を残してただちに収容にかかれ。戻ってきた艦爆や艦攻の護衛として出撃してもらうことにする」
敵迎撃機のあまりの多さに第二次攻撃隊が避退を余儀なくされてなお、南雲中将の後を襲って第三艦隊司令長官に就任した小沢中将に焦りの色は無かった。
南雲長官との引継ぎの際、同席していた神の眷属を名乗るジュンという男からこうなる可能性が高いことを事前に聞かされていたからだ。
「敵水上打撃部隊を撃滅し、ミッドウェー基地とその飛行場への艦砲射撃を成功させた場合、敵機動部隊は六月のミッドウェー海戦で当時の第一航空艦隊が採用したやり方を真似してくるはずです。
なので、敵の迎撃機を完全撃破するまでは艦爆と艦攻の突撃はこれを控えさせてください。無理に攻撃を仕掛ければ取り返しのつかない損害を被ります」
南雲長官から絶大の信頼を勝ち取り、山本連合艦隊司令長官からも一目置かれているジュンと名乗る神の眷属。
少年と青年の間くらいの、見た目は平凡な男が言った言葉は小沢長官の中では半信半疑とまでは言わないものの、せいぜい参考意見程度に留め置かれているくらいのものだった。
だが、現状を考えれば、彼の考えあるいは予言が当たっていたことを認めないわけにはいかない。
米機動部隊は防御に全振りしている。
だが、その企てもあとわずかだろう。
間もなく敵と会敵するはずの第二次攻撃隊の七二機の零戦。
それに、これから発進する九〇機の零戦による空襲を受ければ米機のほとんどが撃破されるはずだ。
第一次と第二次、それに今から発進する零戦の数は合わせて二三四機にも及ぶ。
小沢長官は航空戦力は数だと看破した帝国海軍きっての飛行機屋だが、それでも今日改めて分かったことがあった。
「空母の主役は戦闘機だ。精密爆撃が出来る艦爆でも、破壊力抜群の艦攻でもない」
第三艦隊司令長官に就任する際、同艦隊が保有する艦上機のうち実に六割近くを戦闘機が占めていると聞いた時、小沢長官は少しばかりその比率が高すぎるのではないかと思った。
防空能力を重視するのは結構だが、一方で対艦打撃能力の軽視があまりにもひどすぎる、と。
だが、違っていた。
三二四機もの零戦を擁する第三艦隊だが、現状では戦闘機が有り余っている状態だとはとても言えない。
わずか四隻の敵空母を相手どることでさえ、第三艦隊はその戦闘機戦力のほとんどを投入しなければ艦爆や艦攻の被害を低減出来ない状況に陥っている。
小沢長官は戦況が有利なのにもかかわらず、うすら寒い感情が湧き上がってくるのを抑えられない。
今回は良いとして、だがしかし米新型空母が続々と就役を開始する来年以降、帝国海軍はどう戦えばいいのか。
だが、その答えを考える前に小沢長官は目の前の戦いに意識を切り替える。
今は、米軍相手に命のやり取りをしている最中なのだから。
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