第41話 空中の罠
「三〇乃至四〇機の編隊が二、さらに遅れて同規模のものが同じく二。その動きから全機が戦闘機の公算大。現時点で敵は第一次攻撃隊とほぼ同高度、さらに高度を上げつつ接近中」
前方警戒任務にあたる「加賀」所属の二式艦偵から次々にもたらされる情報。
しかし、第一次攻撃隊指揮官兼「赤城」戦闘機隊長の板谷少佐はそのことに対して特に驚きは無かった。
昨夜の戦闘の結果、ミッドウェー基地は無力化された。
これによってミッドウェー基地航空隊は壊滅、この戦場における米航空戦力は半減とはいかないでまでもその数を大きく減じた。
そのことで、米機動部隊が六月に生起したミッドウェー海戦における当時の第一航空艦隊のやり方を踏襲する可能性が高いということを、板谷少佐は事前に聞かされていた。
全艦上機による防御全振り。
板谷少佐が仕込んだ情報では、米空母の大半を占める「ヨークタウン」級空母は戦闘機と急降下爆撃機をそれぞれ三六機、それに十数機の雷撃機を搭載しているとのことだった。
そうであれば、三〇乃至四〇機の編隊が四つということは、米機動部隊が持ちうるすべての戦闘機を全力出撃させたということだろう。
その米機動部隊はそれぞれ二隻の空母を基幹とする。
それが二群、つまりは四隻。
敵編隊が前方と後方にそれぞれ二つずつとなっているのは、おそらくそういった理由からだろう。
「まず、前方の二群の敵を攻撃する。『翔鶴』隊と『瑞鶴』隊、それに『蒼龍』隊と『飛龍』隊は左の敵を、『赤城』隊と『加賀』隊、それに『龍驤』隊と『瑞鳳』隊は右の編隊を狙え。
上方から敵に一撃を加えた後は、ただちに敵後方の編隊に向かう。深追いは厳禁、我々の本命は敵の後方編隊だ。これより上昇に入る。全機続け!」
怒鳴るように命令した板谷少佐は機体を上昇させるとともに、ちらりと後方をみやる。
自身の後方には直率する「赤城」戦闘機隊のほかに「加賀」隊と「瑞鳳」隊、それに「龍驤」隊の三五機が、一方「翔鶴」隊と「瑞鶴」隊、それに「飛龍」隊と「蒼龍」隊の三六機は機首をわずかに左に向けつつこちらも上昇を開始している。
第三艦隊は昨日の昼間、二〇機を大きく超える二式艦偵や九七艦攻を投入して米機動部隊を捜索、これを発見した。
日没後は第八戦隊の「利根」や「筑摩」から複数の水上機を出して同部隊への接触を維持していた。
そして、日の出前、七二機の零戦ならびに前路警戒や誘導にあたる二機の二式艦偵からなる第一次攻撃隊を出撃させたのだ。
その第一次攻撃隊指揮官の板谷少佐が前方の空に湧き上がりつつあるゴマ粒を発見する。
高度は自分たちとさほど変わらないから、敵もまた上昇を続けているのだろう。
「だがっ!」
板谷少佐はスロットを押し込み栄発動機に鞭を入れつつ機首を持ち上げる。
馬力こそ劣るものの、機体が軽い零戦の上昇性能はF4Fを上回る。
まあ、そのためにいろいろと大切なものをつけ忘れてしまっているのだが。
接敵までに優位高度を確保した板谷少佐機と部下の三五機の零戦はほぼ同じ数のF4Fの群れに対して覆いかぶさるように銃撃をかける。
不利を悟ったF4Fはこれまでの戦訓から全機が急降下で一旦逃げをうつ。
軽いうえに機体が脆弱な零戦の降下性能はF4Fに遠く及ばない。
F4Fからみれば、零戦の魔手から手っ取り早く逃れるにはこれが一番だ。
だが、これは板谷少佐が仕掛けた罠だった。
この時代、身軽な戦闘機といえども、ひとたび高度を失えばそれを取り戻すのに相応の時間がかかる。
降下していくF4Fを追撃する零戦は一機もない。
零戦はそのいずれもが降下で得た速度エネルギーを上昇エネルギーに置換する機動を行い、後方から来る別の敵編隊に一気に肉薄する。
零戦隊の意図を悟ったのだろう、最初に対峙したF4F群が慌てたように反転、高度を上げにかかる。
だが、その高度差から言って、短時間で零戦に追いつくのは困難だ。
しかるべきリアクションタイムを確保した三六機の零戦は後からきたF4Fの群れに襲いかかる。
数はほぼ同じ、
ならば、後れを取る心配はなかった。
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