第38話 「大和」咆哮
「大和」が米戦艦部隊に向けて加速を開始したことを見届けた俺は操縦士に頼んで米戦艦からつかず離れずの位置に機体を運んでもらう。
俺の乗る零式観測機に対する攻撃は無かった。
探照灯や対空砲火を撃ち上げて自艦の位置を暴露するよりは、攻撃力皆無の観測機など相手にしないほうがマシだと考えたのだろう。
「その侮りが命取りだ」
俺は魔力を練り込んだ右腕を突き出して敵一番艦に狙いをつける。
「火炎弾!」
俺の放った火炎弾は狙い過たず敵一番艦の一番高い位置、つまりは艦橋トップを直撃する。
その艦橋トップにはレーダーアンテナや光学測距儀といった射撃管制システムの枢要部が集中している。
俺は火炎弾によって敵の最も大切な、そして最も嫌がる個所を破壊したのだ。
さらに俺は操縦士に機体を捻ってもらい、二番艦、三番艦、そして四番艦にも同じことを繰り返す。
ついでに予備射撃指揮所も潰せば完璧なのだが、さすがにそこまではやらない。
予備射撃指揮所まで潰されれば米戦艦は砲側照準を強いられる。
ただでさえ命中率の低い砲側照準で、しかも夜間ともなればさらにその率は低下する。
勝機を見出せないと判断した敵戦艦がミッドウェー基地を見捨てて遁走する可能性を排除出来ない以上、そのような事態になることは避けるべきだった。
敵戦艦の一番高い部分、そのことごとくに赤い光弾が吸い込まれていくのが見えた。
つまり、この時点で米戦艦は射撃に決定的な支障をきたしたということだ。
いくら発射速度が高かろうが砲弾の威力があろうが命中しなければ意味は無い。
南雲長官は米戦艦群に一気に肉薄するよう命令、そしてその後に転舵して同航戦に入った。
次の瞬間、敵戦艦上空に再び大きな光が灯される。
ジュンが再度光弾を放ったのだ。
最良のタイミングだった。
神の眷属に感謝しつつ南雲長官は命令を発する。
「目標『大和』一番艦、『長門』三番艦、『陸奥』四番艦」
敵二番艦を飛ばしたのは、それが「サウスダコタ」級だったからだ。
ジュンによれば、「サウスダコタ」級は艦橋に溶け込むような煙突が一本、それに対して「ノースカロライナ」級ははっきりと二本煙突であることが分かるから識別は容易だと言っていた。
そして現在の並びは敵一、二番艦が「サウスダコタ」級で三、四番艦が「ノースカロライナ」級とのことだ。
南雲長官がジュンから聞いたところでは、「サウスダコタ」級と「ノースカロライナ」級は攻撃力こそ同等だが、一方で防御力に関しては少なからず差があるらしいということだ。
もちろん、後から出来た「サウスダコタ」級のほうが優れている。
だから、四六センチ砲に比べて威力の劣る四一センチ砲搭載の「長門」と「陸奥」には「ノースカロライナ」級を叩かせることにしたのだ。
メインの射撃照準システムを破壊されてあせったのか、米戦艦が先に砲撃を開始する。
その米戦艦が放つ砲弾はまったくの見当はずれの位置に落下。
ジュンの嫌がらせというにはあまりにも致命的な攻撃が、暗夜という悪条件以上に米戦艦の照準を狂わせているのだろう。
一方、ジュンの光弾のおかげでこちらは暗夜にもかかわらず米戦艦の姿をはっきりと認めている。
景色的には昼戦と夜戦のちょうど中間といったところか。
「ジュンさんのおかげで好条件がそろい過ぎている。これで負けたら末代までの恥だな」
南雲長官のつぶやきから一呼吸置いて「大和」が第一射を放つ。
夜間の一〇〇〇〇メートル超は大遠距離だが、昼間に近い条件で射撃が出来る「大和」にとっては指呼の距離と言ってもいい。
だから、いきなりの斉射だ。
低い弾道で赤光を帯びた砲弾が米戦艦へと吸い込まれていく。
南雲長官には全弾命中したように見えたが、命中したのは一発だけだったらしい。
初弾命中という快挙を成し遂げながらも落胆した自分に南雲長官は胸中で苦笑する。
どうもジュンと出会ってからというもの、自分はずいぶんと贅沢なことを考える人間になってしまったようだ。
ここは初心に帰るべきだった。
「艦長、ただいまの砲撃は見事だったと砲術長たちに伝えてくれ」
そう言って南雲長官は敵戦艦を見据える。
吐き出される煙は凄まじいものがあったが、それでも何事も無かったかのうように米戦艦は反撃の砲火を放つ。
だが、その砲撃は相変わらず正確性を欠き、着弾位置はあまりに遠い。
「大和」が第二射を放つ。
低い弾道なのでどうしてもすべての砲弾が敵戦艦に吸い込まれていくように見えて仕方が無いのだが、世の中そうは甘くない。
それでも一発か二発は命中したのだろう。
敵戦艦から噴き出す煙の勢いが加速する。
その頃には「長門」と「陸奥」もまた、「ノースカロライナ」級に一方的に痛打を浴びせている。
唯一無傷の敵二番があせったように「大和」に対して砲撃を仕掛けてくるが、その着弾位置は危機感を覚えるほどには近くない。
「大和」の第三射、第四射はいずれも少ないながらも命中弾を得る。
そして第五射目で敵戦艦の反撃が止まる。
砲撃を開始してから五分とかからずに敵一番艦の無力化に成功した「大和」はその砲口を敵二番艦に向ける。
南雲長官は敵二番艦にも逃げる暇を与えず、一気に勝負を決めるつもりだった。
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