第37話 酸素魚雷

 一六隻の米駆逐艦がこちらに向かって急迫していることは「大和」艦橋からも遠望できた。

 夜間にもかかわらずそれが可能だったのは神の眷属であるジュンが放った光弾のおかげだ。

 そのうえ彼は危険を顧みず米艦隊上空から貴重な情報を次々に送り続けてくれている。

 そんなジュンに胸中で最大限の感謝の言葉を送りつつ南雲長官は命令を発する。


 「すべての巡洋艦と駆逐艦に命令。米駆逐艦部隊の鼻先目掛けて魚雷を発射せよ。

 出し惜しみは無しだ。発射管に装填されているものはすべて撃ち尽くせ。なお、発射後は速やかに次発装填にかかれ」


 南雲長官の命令一下、すでに準備を整えていた巡洋艦と駆逐艦から次々に魚雷が発射される。

 八隻の巡洋艦から五四本、一六隻の駆逐艦から一二八本の計一八二本もの酸素魚雷が米駆逐艦の予想進路上に向けて突き進む。

 一隻あたり一〇本以上、駆逐艦という小物相手には大盤振る舞いと言っていい。

 それら酸素魚雷の信管はすべてデフォルト状態であり、信管を鋭敏にすることは南雲長官直々の命令によってこれを厳に戒められている。

 これはジュンからの依頼を受けたものだ。


 「帝国海軍の魚雷は信管を鋭敏にするとかなりの確率で敵艦にぶつかる前に爆発してしまいます。なので、これをやめさせるようにしてもらえませんか」


 帝国海軍の魚雷については南方作戦時点においてでさえ複数の早爆が報告されていた。

 だが、なにより信頼するジュンからの依頼だったので南雲長官自身はこれをあっさりと認めたのだ。

 それと、駆逐艦という小物相手に魚雷を惜しみなく発射したのはもちろん米駆逐艦の脅威を排除するということが最大の目的だが、これとは別に魚雷の誘爆に伴う被害を軽減する意味合いも大きい。

 日本の巡洋艦や駆逐艦の多くは発射管とともに次発装填装置という予備魚雷格納筒を艦上に置いている。

 つまり、被弾による致命部がそれだけ大きいということだ。

 その部分をあらかじめ減少させることで被弾による被害確率を軽減しようというのだ。

 これもまたジュンからの提案だった。

 第二次珊瑚海海戦では「三隈」が撃沈されたが、彼女は米機から受けた被害は軽微だったものの、魚雷発射管と次発装填装置が集中する艦中央部の急所に被爆し、その結果酸素魚雷の誘爆が致命傷となって海の底へとその身を沈めることになった。


 「酸素魚雷は諸刃の剣です。敵に当たればその効果は絶大ですが、一方で艦上にあるうちに爆発すればその被害は甚大です。

 少なくとも次発装填装置のある艦に関しては命中率が悪かろうとも第一撃は遠めから行うべきです。魚雷を惜しめば、結局は『三隈』と同じ悲劇を繰り返す可能性が高い。

 それに第一撃を遠めから放てば、それはつまりは次発装填までのリアクションタイムも十分に取れるということですから予備魚雷も無駄にはならない」


 ジュンはそう言って酸素魚雷の利害得失も説いていた。

 酸素魚雷の威力よりも誘爆の危険性を訴えるジュンの言葉を、少し前の南雲長官であれば一顧だにしなかったかもしれない。

 あまりにも消極的だと言って。

 だが、第二次珊瑚海海戦で沈んだ「三隈」の悲劇はその考えを改めさせるには十分すぎる犠牲だった。


 そんなことをつらつらと考えている南雲長官の耳に「時間です」という言葉が飛び込んでくる。

 双眼鏡をのぞき込みつつ、南雲長官は斜め前方の海面上に小さな灯りのようなものが一つ、また一つ増えていくのを目にする。

 最終的に命中したのは五本だった。

 一八二本を放ったはずだから、命中率は三パーンセントに満たない。


 「水雷の南雲」の看板に泥を塗るような惨憺たる成績だ。


 だが、米側からすればこの一撃で駆逐艦の三割以上を失ったことになる。

 その米駆逐艦部隊は隊列が乱れている。

 一気に潰すチャンスだ。


 「第七戦隊ならびに水雷戦隊は敵残存駆逐艦を掃滅せよ。第三戦隊ならびに第四戦隊と第五戦隊は敵巡洋艦を叩け。敵戦艦は第一戦隊がこれを受け持つ」


 南雲長官の命令に第二艦隊の各艦が指示された目標に対して突撃を敢行する。

 「大和」もまた「長門」と「陸奥」を従えて、敵戦艦部隊に艦首を向けて加速を開始する。

 数は三対四で第一戦隊側が不利、しかも米戦艦はそのすべてを新型で固めているのに対しこちらの新型は「大和」だけ。

 ふつうであれば絶望的な戦力差だが、それでも南雲長官の表情は勝利への確信に満ちていた。

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