第35話 第二艦隊司令長官
戦前の予想では、ミッドウェー近傍海域に展開している米艦隊の戦力は空母が四乃至五隻に戦艦がいずれも新型で四隻、さらに巡洋艦が一五から二〇隻、それに駆逐艦が四〇乃至五〇隻程度と見積もられていた。
米機動部隊とミッドウェー基地航空隊を合わせた航空機の数は五〇〇機を優に超え、単純な数だけでいえば第三艦隊のそれに匹敵するものと予想されている。
もし、これら日米の航空戦力ががっぷり四つに組んで戦えば、いかに精強を誇る第三艦隊といえども苦戦は免れない。
最終的に勝利をおさめたとしても、かけがえのない貴重な搭乗員を大量に失うことは避けられないし、空母も何隻かは撃破されるだろう。
だからこそ、俺はそれら損害を低減するために「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という、誰が言ったかは忘れてしまったがその教えを実践することにした。
モデルとなるのは戦艦「金剛」と「榛名」が活躍したあの有名なヘンダーソン飛行場に対する艦砲射撃だ。
これと同じことを規模を大きくしてミッドウェー基地に対して行う。
すでに作戦行動は開始されている。
第二艦隊はミッドウェー島基地に配備されている単発機の航続圏外ぎりぎりで遊弋、日没前に前進を開始し、夜が明けきらないうちに同島に対して艦砲射撃を実施して基地施設や飛行場を吹きとばす。
日が沈むまでの間、後方にある第三艦隊は敵艦隊を捜索するとともに第二艦隊に対して戦闘機の傘をさしかける。
しかし、さすがにここまで露骨だと、米軍もまたこちらの意図に気づくはずだ。
ミッドウェー基地への艦砲射撃を目論む第二艦隊を阻止すべく、新型戦艦を含む水上打撃部隊を差し向けてくるのはほぼ確実だった。
第二艦隊はその防衛線を突破して夜のうちにミッドウェー基地を破壊しなければならない。
もし失敗すれば、今度は夜明けとともに飛来する同基地航空隊によって第二艦隊は甚大なダメージを被る。
その第二艦隊はすでにB17による爆撃を受けていた。
高空からの水平爆撃だったこと、それに第三艦隊が派遣してくれた零戦の執拗な妨害行動といった援護もあっていずれの艦も回避に成功、被害は無かった。
一方で、第二艦隊上空を守っていた零戦隊も重防御のB17には手を焼き、残念ながら多くの機体を取り逃がしている。
「ジュンさんの予想通り、敵はB17だけを出撃させたようですな。単発機の片道攻撃もあるかもしれないと覚悟していましたが、それは杞憂だったようです」
そう言って俺に笑いかけるのはこの秋に第三艦隊司令長官から第二艦隊司令長官へと栄転? した南雲中将だ。
開戦劈頭の真珠湾攻撃やミッドウェー海戦、それに第二次珊瑚海海戦における指揮や実績が評価され、念願の夜戦部隊指揮官となったのだ。
もはや夜戦部隊の第二艦隊という看板はすでに過去のものとなっているのだが、それでも慣れない空母部隊を率いるよりもよほど嬉しいのだろう。
ミッドウェー海戦や第二次珊瑚海海戦の頃に比べて血色も良く舌も滑らかだ。
そのうえ、連合艦隊は「大和」以下第一戦隊を南雲長官に預けてくれた。
「『大和』を連合艦隊旗艦として遊ばせておくのはもったいない。連合艦隊司令部は通信設備の充実した陸に上がるべし」
この措置が取られた遠因は、あるいはそう言って山本長官に圧をかけた俺のせいかもしれない。
その俺の横でいかにも嬉しそうな表情を浮かべる南雲長官だが、しかし少しばかりくぎを刺しておくことにする。
「『大和』がいくら強いからといっても、油断しないでくださいよ。優秀なレーダーを持つ敵の新型戦艦はこと夜戦においては『大和』以上の難敵かもしれません。
それに、敵の巡洋艦も新型が多く、こちらも戦艦と同様に優秀な新型レーダーを装備していますから侮ることは出来ません」
「私が気持ちに余裕を持つことが出来るのはなにも『大和』があるからではありません。ジュンさん、あなたがいてくれるおかげですよ。
私はてっきりジュンさんは空母部隊の第三艦隊のほうにいかれると思っていたのですが、こちらに来てくださった。それだけで万の援軍を得た思いです」
信頼の笑顔を向けてくる南雲長官に俺はどう答えたものかと思案する。
確かに疑われるよりは信頼してもらったほうがありがたいのは間違いのないところだが、一方の俺の方はといえばしょせんは女神からチートをもらっただけの万能型魔法使いにしか過ぎない。
はっきり言って戦局を覆すような大それた力は持ち合わせていない。
「俺は神の眷属であって神ではありません。行使できる力にも限界があります。現に『三隈』を救うことが出来なかった」
歴史の復元力ともいうべき目に見えない力があるのかどうかはいまだに分からないが、それでも『三隈』を沈められたのは俺にとっては痛恨事以外の何物でもない。
「あの時、あの場にジュンさんはおられなかったのですからそれは仕方が無いことです。『三隈』の喪失については、当時指揮を執っていたこの私に責任があります。
ジュンさんがお気になさる必要はありません。それよりも、米艦隊の動きに変化はありませんか」
あるいは俺が沈鬱な表情でもしていたのか、南雲長官は取ってつけたように話題を旋回してくる。
艦隊司令長官に気を遣わせるとは、俺も偉くなったものだと胸中で苦笑する。
俺は感知魔法を発動させ、前方の海域に神経を集中する。
敵に近づいたことで明らかに精度の上がった感知魔法、その魔法が新しい情報を見出す。
「動きのほうは先ほどまでと同じですね。ミッドウェー島を背に第二艦隊の進撃を阻止すべく北東から南西をいったりきたりしています。
それと、細かい艦種識別までは出来ませんでしたが、他と比べて圧倒的に大きな反応が四つ。こちらはまちがいなく米最新鋭戦艦です。
それと小型のものが一五乃至一六でこれらはおそらく駆逐艦でしょう。また大型と小型の中間の大きさのものが六つありますが、こちらは巡洋艦だと思います」
「ほう、そこまで分かりますか。さすがはジュンさんだ。
ならば敵は戦艦が四杯に巡洋艦が六杯、それに駆逐艦が一個水雷戦隊規模ということですな。いずれにせよ、刃を交える前に敵戦力の詳細が分かるというのはありがたいことこの上ない。改めてお礼申し上げます」
感知魔法で得た情報に南雲長官が相好を崩すとともに俺にお礼の言葉をかけてくる。
その表情は、「赤城」や「翔鶴」といった空母の艦橋では最後まで見ることが出来なかった自信と喜びに満ち溢れていた。
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