第二次ミッドウェー海戦

第34話 ミッドウェー再び

 一九四二年六月末に開始されるはずだったブラウ作戦は俺の未来知識、つまりは後知恵を伴った介入によって発動されることは無かった。

 中止となったのかあるいは延期となったのかは分からないが、いずれにせよドイツの人的資源に大打撃を与えるはずだった悲劇的な作戦はひとまず回避されたわけだ。

 さらに、八月に行われるはずだった米軍によるガダルカナル島攻略、いわゆるウオッチタワー作戦もお流れになった。

 ミッドウェー海戦において日本空母の撃滅に失敗し、さらに第二次珊瑚海海戦で二隻の正規空母を失ったのだから中止になるのは当然といえた。

 ドイツ軍は致命的な敗北を回避することが出来、一方の米軍は日本を消耗戦の泥沼に引きずり込む端緒になるはずだった作戦を実行することが出来なかった。

 同じ中止でも、結果は明らかに枢軸側に有利だ。


 さらに史実において、これらの後に続く目ぼしい作戦としてはトーチ作戦が挙げられる。

 北アフリカに対ソ支援のための第二戦線を構築するこの作戦は最終的に連合国側の勝利に終わり、枢軸側は地中海における制空権のそのほとんどを失うことになる。

 だが、ブラウ作戦の中止に伴って十分な余力を残すドイツ軍相手にこの作戦が発動される公算は小さい。

 それでも俺は、念のために山本連合艦隊司令長官の伝手を使って連合国側が北アフリカに狙いを定めていることをドイツに警告してもらった。

 その情報には少しばかり小細工、つまりは俺が後知恵で知っていることを付加して米国と英国にも流れるようにしている。

 ルーズベルト大統領やチャーチル首相といった連合国の首脳らに対して、自分たちの情報が洩れているのではないかと疑心暗鬼を惹起させるのが目的だ。


 だが、女神のチートを得ているとはいえ、しょせんは万能型魔法使いにしか過ぎない俺の力では、欧州の戦いに肩入れ出来るのはせいぜいこの程度だ。

 第二次世界大戦の趨勢を決めるのは欧州の戦いなのだから、俺は可能であればインド洋に連合艦隊を推し進め、英印航路の封鎖とともにドイツやイタリアとの日欧連絡線の構築を目指したかった。

 英印航路を封鎖すれば英国の戦争経済に大打撃を与えられるし、ペルシャ回廊や援蒋ルートを途絶させればソ連軍や中国軍を弱体化させるとともにドイツや帝国陸軍に対して少なからず恩を売ることも出来る。

 また、日本が欲してやまないドイツの工作機械や電装品、それに電探をはじめとした各種技術の入手も期待できる。

 だが、いまだ複数の米空母が健在な中で、連合艦隊の総力を挙げてのインド洋作戦の実施は現実的ではない。

 米機動部隊による二度目の帝都空襲があるとは思えないが、それでも備えを怠るわけにはいかない。


 ならば、その元を断てばいい。

 開戦時に七隻あった米空母のうち三隻はすでに葬っている。

 珊瑚海海戦で一隻、それに第二次珊瑚海海戦では二隻を同時に撃沈した。

 撃沈したのは「レキシントン」と「サラトガ」、それに「ワスプ」の三隻。

 第二次珊瑚海海戦においては撃沈したうちの一隻は「サラトガ」とすぐに分かったが、残る一隻は「ワスプ」なのか「エンタープライズ」なのか戦闘終了時には判然としなかった。

 しかし、敵信班をはじめとした諜報部門の努力によって撃沈したのは「ワスプ」だということが最近になって判明した。

 そうなってくると残る米空母は「ヨークタウン」と「エンタープライズ」それに「ホーネット」の三姉妹、それとベテラン空母の「レンジャー」だ。

 これら四隻のうち、最低でも半数は撃沈しておかないとインド洋での作戦行動は困難だろう。

 それに、もう少しすれば「エセックス」級空母や「インデペンデンス」級空母が竣工を始める。

 彼女たちが大量就役する前に現有の米空母を叩いておかなければ戦力差は隔絶する一方となってしまう。

 その悪循環に陥る前に今有る米空母はどうしても沈めておく必要があった。


 そして・・・・・・


 ミッドウェー海戦から五カ月あまりが過ぎた昭和一七年一一月一一日、油の備蓄と艦上機隊を回復させた連合艦隊は抜錨する。

 目的地はミッドウェー島。

 目標は前回とは違い米機動部隊の撃滅一本に絞っている。

 予想される敵戦力は「ヨークタウン」級三姉妹に「レンジャー」かあるいは英国から一時貸与された「イラストリアス」級装甲空母。

 戦力の中心となる航空機は三〇〇機から三三〇機程度の艦上機にミッドウェー基地航空隊の約二〇〇機。

 水上打撃戦力に関しては、すでに六隻が就役している新型戦艦のうち四隻までが太平洋側に配備されていることもつかんでいる。

 こちらがミッドウェーに歩を進めれば、これら新型戦艦は間違いなく出撃してくるだろう。

 さらに、それらに従う巡洋艦は一五乃至二〇隻程度、駆逐艦のほうは四〇隻から多くても五〇隻までと見積もられている。


 これらを討つために出撃する連合艦隊は空母部隊の第三艦隊と水上打撃部隊の第二艦隊からなる。

 その編成は以下の通りだった。



 第三艦隊

 甲部隊

 「翔鶴」(零戦三六、九九艦爆一八、九七艦攻一二、二式艦偵六)

 「瑞鶴」(零戦三六、九九艦爆一八、九七艦攻一二、二式艦偵六)

 「飛龍」(零戦三六、九九艦爆九、九七艦攻一二)

 「蒼龍」(零戦三六、九九艦爆九、九七艦攻一二)

 「龍驤」(零戦二七、九七艦攻六)

 重巡「利根」

 軽巡「川内」

 駆逐艦「黒潮」「親潮」「早潮」「長波」「巻波」「高波」「霞」「霰」「陽炎」「不知火」


 乙部隊

 「赤城」(零戦三六、九九艦爆一八、九七艦攻一二)

 「加賀」(零戦三六、九九艦爆一八、九七艦攻一二、二式艦偵九)

 「隼鷹」(零戦二七、九九艦爆九、九七艦攻一二)

 「飛鷹」(零戦二七、九九艦爆九、九七艦攻一二)

 「瑞鳳」(零戦二七)

 重巡「筑摩」

 軽巡「那珂」

 駆逐艦「秋月」「照月」「朝雲」「山雲」「夏雲」「峰雲」「朝潮」「大潮」「満潮」「荒潮」


 第二艦隊

 戦艦「大和」「長門」「陸奥」「比叡」「霧島」「金剛」「榛名」

 重巡「高雄」「愛宕」「妙高」「羽黒」「熊野」「鈴谷」「最上」

 軽巡「神通」

 駆逐艦「雪風」「初風」「天津風」「時津風」「浦風」「磯風」「浜風」「谷風」

「野分」「嵐」「萩風」「舞風」「秋雲」「夕雲」「巻雲」「風雲」



 第二艦隊は戦力増強のために臨時に他艦隊の駆逐隊やあるいは第一艦隊に所属する第一戦隊を取り込んでいるが、いずれの艦も訓練によって夜間の艦隊運動も問題なくこなせるレベルにまで練り込んでいる。

 それらのうちで水上打撃部隊の主力となる戦艦は「大和」以下の七隻。

 最新鋭戦艦である「武蔵」もすでに就役していたが、こちらは明らかに訓練不足のために今回は不参加となっている。

 駆逐艦は「朝潮」型と「陽炎」型、それに慣熟訓練を終えた「夕雲」型のうちで動員可能な艦をすべて投入。

 その中には、本来であれば潜水艦「グロウラー」によって撃沈されていたはずの「霰」や、あるいは大破に追い込まれて修理中のはずの「霞」や「不知火」の名前もある。

 これら三艦は俺の後知恵による警告によって準備万端に「グロウラー」を迎撃、駆潜艇をはじめとした他艦との共同で帝国海軍の天敵ともいえる同艦を撃沈する殊勲を挙げていた。

 さらに待望の「秋月」型防空駆逐艦もわずか二隻ではあるが、参加がかなった。


 空母一〇隻に艦上機五五五機、さらに戦艦や巡洋艦、それに駆逐艦といった水上打撃艦艇五五隻からなる一大機動部隊は一路ミッドウェーを目指す。

 米軍は六月のときと同様に重厚な罠を張り巡らしているだろう。

 母艦航空隊も基地航空隊も、そして水上打撃戦力も以前より遥かに充実しているはずだ。

 事前予想では航空戦力はほぼ互角かこちらがやや有利、逆に水上艦艇は「ノースカロライナ」級や「サウスダコタ」級といった新型戦艦、あるいは「アトランタ」級や「クリーブランド」級といった新鋭巡洋艦を擁する米側が明らかに勝っている。

 負け戦続きで恐怖に怯えるハワイや西海岸の住民を安心させるため、また豪州の脱落を避けるためにも米軍に日本側の挑戦を避ける選択肢は無い。

 日米主力艦隊の激突は必至だった。

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