第33話 前代未聞

 「翔鶴」に戻った俺を、南雲長官をはじめとした第三艦隊司令部スタッフたちは最敬礼で迎えた。

 軍人でもない俺が答礼するわけにもいかず、敬礼をやめるよう懇願する。


 「すみませんが、恐縮過ぎるので敬礼はやめてもらえませんか。俺は『加賀』を守ったときに不覚にもスタミナ切れを起こしてダウンしてしまいましたし、なにより今回の戦いにおいてはそれほどたいしたことはしていません」


 そう言う俺の言葉を謙遜だと受け取ったのだろうか、南雲長官が敬礼を解きつつ首を振る。


 「何をおっしゃるのですか。ジュンさんによる迎撃隊の完璧な誘導があればこそ第三艦隊の空母は一隻も傷つかずに済みました。

 しかもその迎撃戦において、ただの一撃で敵雷撃機隊を屠ったということもうかがっています。そのうえ、『加賀』の絶体絶命の危機まで救っていただいた。

 もし、『加賀』が沈められていたらこの海戦は判定勝ちかもしくは引き分けと評価されたことでしょう。あるいは、彼我の国力や工業力を考えれば負け戦だと言われたかもしれません。

 それとともに、『三隈』乗組員を少なからず助けていただいたことについても御礼申し上げます。この件では第七戦隊司令部からも感謝の報が寄せられています」


 感激もひとしおといったふぜいで南雲長官が俺に感謝の言葉を述べるが、そのことについて確認しておきたいことがあった。


 「昨日の戦果と損害について教えていただけませんか。『加賀』艦長や第七戦隊司令部から米空母二隻を撃沈したことは聞いているのですが、詳細を知りたいのです」


 俺の要望に南雲長官は源田参謀に目配せをする。


 「撃沈した二隻の空母のうち一隻は『サラトガ』で間違いありません。艦橋の後方に巨大な煙突を持つものは珊瑚海海戦で撃沈した『レキシントン』を除けば『サラトガ』しかありません。

 残る一隻は『ヨークタウン』級空母だったとの報告を受けていますが、あるいは『ワスプ』だった可能性もあります。砲煙弾雨の中で『ヨークタウン』級と『ワスプ』の艦種識別は非常に困難なはずですから。

 こちらとして残念だったのは当日の気象です。攻撃隊指揮官によれば、敵機動部隊が存在した近傍海域は雲量が多く、ところどころにスコールも発生しており視程が極めて悪かったそうです。天候さえ良ければ間違いなく米空母をすべて発見、撃沈出来たはずなのですが、それはかないませんでした。

 それと、空母以外の戦果ですが、零戦隊は敵艦上機を二〇〇機近く撃墜破、さらに艦爆隊は敵空母の護衛艦艇に対してかなりの打撃を与えています。

 撃沈こそ駆逐艦一隻にとどまりますが、報告によれば一五隻以上の巡洋艦や駆逐艦に直撃弾を浴びせています。

 一方、こちらの損害ですが、重巡『三隈』の喪失ならびに艦上機の未帰還が四五機。未帰還のほうは攻撃隊と迎撃隊を合わせたもので、これとは別に被弾が激しく廃棄せざるを得ない修理不能機が約一〇〇機、それと搭乗員の戦死は七〇人近くにのぼります」


 南雲長官の意図を忖度して俺に説明してくれた源田中佐の表情は微妙なものだった。

 大きな戦果に喜んでいいのか、あるいは被った損害に消沈すればいいのか分からないといったところか。

 俺はこと機動部隊同士の戦いに限って言えば大戦果だと考えている。

 史実では帝国海軍は攻撃型あるいは艦隊型と呼ばれる中型乃至大型空母を四隻沈めているが、一度の海戦で二隻以上を同時に屠ったという実績は無い。


 帝国海軍が沈めたそれは「レキシントン」と「ヨークタウン」、それに「ワスプ」と「ホーネット」のいずれも米国の空母だ。

 そのうち「ヨークタウン」と「ホーネット」についてはいずれも艦上機隊が両艦に甚大なダメージを与えたものの、結局それら二艦にとどめを刺したのは潜水艦かもしくは水上艦艇だった。

 一方、「ワスプ」は潜水艦単独による撃沈であり、「レキシントン」は唯一艦上機隊の独力で撃沈したものの、それは当たりどころが良かったがゆえに彼女が盛大に自爆しただけであって、本来であれば撃沈に追い込めるだけの爆弾や魚雷を浴びせたわけではなかった。


 機動部隊同士の戦いにおける帝国海軍空母部隊の実力や実績は世間で言われるほどたいしたものではない。

 帝国海軍の空母が一度の海戦で何隻もの米空母を屠るのは架空戦記の中くらいのものだ。

 だが、史実では一度も無かったはずの米空母複数同時撃沈を第三艦隊は成し遂げた。


 そのことで、俺は意を強くする。

 「三隈」の沈没で歴史の復元力ともいうべき目に見えない大きな力に対し、女神からチートをもらっただけの万能型魔法使いが、しかもたったの一人では抗しきれないのではないかという諦観にも似た不安があった。

 だが、違うのかもしれない。

 歴史はやりようによって覆せるのはミッドウェー海戦と今回の戦いで証明された。

 「サラトガ」撃沈もまたそのような考えを補強してくれた。

 彼女は大戦中、何度も大きな傷を負いながらも結局は戦争を生き延びた。

 しかし、その「サラトガ」が沈み、とっくの昔に海の底にあるはずの「赤城」や「加賀」、それに「飛龍」や「蒼龍」はいまだ健在だ。

 歴史は俺のような器用貧乏な魔法使いでも変えられる。

 そう信じることが出来たことで、決意が口から自然とこぼれる。


 「米空母、残り四隻」


 「エセックス」級空母や「インデペンデンス」級空母が大量就役するまでにこれら四隻を始末しない限り、連合艦隊に勝利の目はない。

 健在が確実なのは修理中の「ヨークタウン」と整備改装中の「ホーネット」、それに大西洋にある「レンジャー」。

 残る空母は「エンタープライズ」か「ワスプ」かのいずれかだが、俺には予感というか確信めいたものがあった。

 生き残っているのは「エンタープライズ」なのだと。

 あの魔艦がそう簡単にくたばるとはどうしても思えなかった。

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