第32話 治癒治癒治癒

 後で「加賀」艦長から聞かされたところでは、俺は昨日の午後から今朝まで一度も目を覚ますこともなく死んだように眠っていたらしい。

 その「加賀」艦長は俺が目を覚ました時にいの一番に駆けつけてきて感極まった様子で何度も礼を重ねた。

 もしあの時、俺が敵潜水艦の存在に気がつかなければ「加賀」は撃沈され、その際に最低でも数十人、下手をしたら数百人の乗組員が死んでいたはずだ。

 そのいずれもが実戦経験豊富な貴重極まりない将兵たちだ。

 彼らが失われていれば、人材不足に悩む帝国海軍に対する打撃は極めて大きなものとなっていたことだろう。


 涙ながらに礼を言ってくる「加賀」艦長に、しかし一方で恩を着せるようで少し心苦しくもあったのだが、俺は飯を所望した。

 魔力回復のためには給養と休養が必要だが、十分な睡眠をとったことで休養は十分だった。

 あとは生物として体が欲する栄養を摂取すれば再び魔法が使える。

 いちおう、握り飯とか簡単なもので構わないと言ったのだが、命の恩人に粗末なものを食べさせるわけにはいかないとでも思ったのか、「加賀」艦長は戦闘行動中の軍艦とは思えない高級旅館も真っ青の朝食を出してくれた。

 食べきれないほどの量を、しかしなんとか完食した俺は礼を告げて「加賀」を後にする。

 「加賀」艦長は俺が旗艦である「翔鶴」に戻ると思ったのだろう。

 同艦に戻るのに九七艦攻を出してくれると申し出てくれたが俺は辞退した。

 魔力が完全回復した俺にとって短距離テレポートはそれほど大きな負担ではないし、それよりも先に行くべきところがある。

 「加賀」艦長によれば、撃沈された重巡「三隈」の乗組員で生き残った者の多くは救助任務にあたった駆逐艦にそのまま収容されているらしい。

 ただ、重傷者については同じ第七戦隊の「最上」と「鈴谷」、それに「熊野」に分散収容されているそうで、その中には重篤な者もかなりの数に上るとのことだ。

 医療設備に関しては駆逐艦や巡洋艦よりも空母のほうが充実している場合が多いのだが、「加賀」が潜水艦に狙われたこともあり、重傷者の収容は重巡をあてることにしたのだろう。


 俺は「加賀」艦長にこれから第七戦隊の各艦に行くから、第三艦隊司令部ならびに第七戦隊司令部にそのことを連絡しておいてほしいと頼み、「加賀」からみて一番近くにある「最上」型重巡にテレポートした。

 そこからは治癒魔法を使って重傷者を次々に診て回った。

 途中「鈴谷」で昼飯をゴチになりつつ三隻の重巡に収容された患者を次々に回復させていく。

 広範囲に火傷を負った、あるいは大量の鉄片に全身を切り刻まれるといった、いわゆるあとは死を待つだけといった重篤な者も俺の治癒魔法によって死の淵から生還する。

 助かった将兵は涙を流して感謝を口にし、艦長をはじめとした幹部らは驚嘆とも賞賛ともつかない言葉を俺におくる。

 魔力消費とともにそれに伴う疲労も大きかったが、一方で俺は心中にわだかまっていた罪悪感のようなものが少しばかり薄れていくのを感じていた。

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