第30話 魔法ふたたび

 ぱっと見たところ、敵の第一群は四〇機から五〇機ほどだった。

 ほぼ、こちらと同数だ。

 その形状から戦闘機が一〇機に爆撃機が二〇機、残りが雷撃機といったところか。

 編隊を離れ、真っ先にこちらに立ち向かってきた一〇機ほどのF4Fワイルドキャット戦闘機隊に対して「加賀」隊の九機が降下、上方から二〇ミリ弾や七・七ミリ弾を容赦なく撃ちかける。

 一方、F4Fのほうはといえば、とっさに機体を捻って射弾を回避する機体、あるいは自身が持つ低伸するブローニング機銃に信頼を寄せてそのまま一二・七ミリ弾を撃ち上げてくるものなどその反応はさまざまだ。

 だが、どちらにせよ優位高度をとられ、機先を制されたF4F側の不利は変わらない。


 F4Fと「加賀」零戦隊が交錯した次の瞬間、三機のF4Fが煙の尾を引きながら珊瑚海の海へと墜ちていく。

 一方、零戦のほうは一機が被弾したらしく、そのまま母艦のほうへと引き揚げていく。

 そう、無理を押して戦闘を継続する必要は無い。

 戦争はまだまだ続くのだから。

 被弾した零戦が引き返したことで八機に減った「加賀」隊だったが、それでも初撃で数の優位を確保したこと、それにF4Fの編隊が散り散りになったことで優勢なのは明らかだった。


 その頃には「加賀」隊に続いて降下していった「龍驤」隊と「瑞鳳」隊の零戦もSBDドーントレス急降下爆撃機に攻撃を加えていた。

 九九艦爆に比べて防御火器の充実したSBDも、ほぼ同数の零戦に狙われてはその魔手から逃れるすべはない。

 思い切りよくさっさと爆弾を投棄して避退を図った機体こそ助かったものの、任務に忠実で最後まで爆弾を切り離そうとしなかった機体はそのことごとくが零戦の二〇ミリ弾や七・七ミリ弾によって切り刻まれていった。


 一方、「龍驤」隊や「瑞鳳」隊とはうらはらに「翔鶴」隊と「瑞鶴」隊はTBFアベンジャー雷撃機に手を焼いているようだった。

 TBFはその充実した防御火器と単発艦上機としては破格の防御力で零戦の猛攻に耐えている。

 それでも、数に勝る零戦は一機また一機とTBFを海面へと叩きつけていく。

 さすがに半数を撃墜された時点でこれ以上の進撃は無理だとあきらめたのだろう。

 腹から重量物の魚雷を投棄したTBFは一目散に遁走を図る。

 これを追撃する零戦の姿は無い。

 魚雷の無い雷撃機など何ほどの脅威でもないからだ。


 各隊の戦闘状況を高空で俯瞰していた俺は発光魔法で二式艦偵の位置を示すとともに、同じく魔法で各機に集結するよう呼びかける。

 俺の呼びかけに応じて集まってきた零戦はその数が三〇機あまりにまで減っていた。

 それだけ敵の防御火力が充実していたということだろう。

 俺の感知魔法によれば一〇機ほどの機体が母艦に帰投しつつあるから、撃墜された零戦はさほど多くは無さそうだった。


 この後は三〇機あまりにまで数を減じた迎撃第一陣で四〇機から五〇機程度と思われる敵第三群を叩くのだが、戦力にはいささかの不安があった。

 数こそ三〇機あまりとそれなりに揃ってはいるが、おそらくどの機体も二〇ミリ弾を撃ち尽くしているはずだ。

 なにせ、初期型の零戦は一丁あたり六〇発しか搭載できないから、下手をすれば照準修正をしている間に弾切れとなってしまう。

 七・七ミリ弾は十分に残っているはずだが、豆鉄砲の七・七ミリ弾で敵を撃ち墜とそうとすれば、相当数を叩きこまなければならない。

 さらに防御力に定評のあるTBFに対しては決定的なダメージを与えることは極めて困難だろう。

 そのため、肉薄したうえに射撃時間が長くならざるを得ない零戦はかなりの数が返り討ちにあうのではないか。

 だが、逡巡している暇は無かった。


 「魔法は極力使いたくなかったが、ここに至れば仕方が無いか」


 俺にしては珍しく即断即決だった。

 覚悟を決めた俺は感知魔法で得た敵第三群の位置と高度を操縦員に告げ、そちらに向かうよう指示する。

 二式艦偵の後方には三〇機あまりの零戦が続く。


 「『龍驤』隊と『瑞鳳』隊は敵戦闘機隊を、『加賀』隊と『翔鶴』隊、それに『瑞鶴』隊は敵爆撃隊を攻撃してください。敵雷撃隊は俺のほうで対処します」


 比較的撃墜が容易だったSBDを相手どった「龍驤」隊と「瑞鳳」隊に敵護衛戦闘機隊の掃討を委ね、強敵のF4Fや撃墜困難なTBFと戦った「加賀」隊と「翔鶴」隊、それに「瑞鶴」隊には敵爆撃機隊の相手をしてもらう。

 後の手順は同じだった。

 俺の感知魔法によるカンニングで接敵までに適切な優位高度を確保、あとは敵編隊の上からかぶるだけ。

 七・七ミリの細い火箭を吐き出しつつ「龍驤」隊と「瑞鳳」隊が真っ先に攻撃を仕掛ける。

 上からかぶられたF4Fに対して多数の機銃弾が降り注ぐが、撃墜に至ったのは一機だけ。

 やはり、七・七ミリ弾では威力不足なのだ。


 その頃には二〇機ほどに減った「加賀」隊と「翔鶴」隊、それに「瑞鶴」隊の零戦がほぼ同じ数のSBDの編隊にとりつく。

 二〇ミリ弾を切らした零戦に対してSBDのほうは火力こそ勝るものの、一方で運動性能は大きく劣る。

 そのうえ、重量物の一〇〇〇ポンド爆弾を抱えているからその差はさらに隔絶する。

 零戦の七・七ミリ弾による寸刻みともいえる攻撃に一機、また一機と星マークの機体が海へ向かって墜ちていく。


 その頃には俺もTBFの群れに接触を果たしていた。

 数は一五機。

 つまりは四五人の搭乗員がいるということだ。

 俺は操縦員に頼んで二式艦偵をTBFの正面へと持っていってもらう。

 ミッドウェー海戦以来の相棒となった操縦員も心得たもので、すぐに俺の意図を理解してくれた。

 そして正面に見えるTBFの機影が大きくなったとき、わずかに機首を左に向けるよう指示するとともに、事前に上級モンスターを倒せるほどの魔力を練りこんだ右手を風防から突き出す。


 「拡散火炎弾発射用意、三・二・一、撃テェー!」


 次の瞬間、俺の右手からミッドウェー海戦で使った火炎弾とは明らかに大きさの違う極大の赤いそれがそのまま真っすぐ突き進み、TBFの面前で無数の小さな火弾へと分かれ編隊を丸ごと包み込む。

 本来であれば拡散火炎弾はゴブリンやコボルトといった群れをなして襲いかかってくる下級モンスターから人々を守るために開発された魔法だ。

 その一発一発はそういった下級モンスターをかろうじて倒せる程度のものでしかない。

 だが、薄い軽合金で造られた飛行機がこれを食らえば無事では済まない。

 俺の拡散火炎弾によって一瞬のうちにTBFは全滅、四五人の搭乗員は珊瑚海の空にその命を散らせた。

 つまりは、この一瞬で俺は四五人の命を奪ったということだ。

 もしこのことを米軍が知れば、俺の存在は女神の力を身に着けた悪魔のヒーローとでも思うことだろう。

 ミッドウェー海戦で四機のB26を撃墜したときに、俺は人を殺す覚悟は決めていたはずだった。

 しかし、それでもやはり苦い思いが胸中に湧き上がってくるのを自覚せずにはいられない。

 前席の操縦員は驚嘆の色をにじませつつ俺に賞賛を贈ってくれるが、その言葉によって俺は人を殺したという現実を一層強く認識する。


 「戦争だから仕方が無い。こうしなければ、遥かに多くの日本人が死んでいた」


 そう自分自身に言い聞かせつつも、俺の苦い思いは濃くなる一方だった。

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