第29話 迎撃戦闘機隊

 第三艦隊の五隻の空母にはそれぞれ二個中隊、合わせて九〇機の零戦が直掩隊として用意されており、それらは米機動部隊から放たれた攻撃隊を迎え撃つ手はずだった。

 各空母ともに零戦が一八機で、珊瑚海海戦やミッドウェー海戦に参加した旧式の九六艦戦の姿はすでに無い。

 旋回性能こそ高いものの、一方で最高速度が遅く七・七ミリ機銃しか持たない九六艦戦ではF4Fワイルドキャットに対して分が悪いし、新鋭のTBFアベンジャー雷撃機に致命の打撃を与えるのは至難だ。

 もはや、九六艦戦が通用する時代ではないことは明らかだった。

 零戦のみで固められた直掩隊は通常であれば二個小隊六機が上空警戒、同じく二個小隊が即応待機、残る二個小隊が整備補給という三直ローテーションが定番だ。

 だが、米攻撃隊の来襲が必至となった今は半数の一個中隊が上空警戒にあたり、残る一個中隊がいつでも飛び立てるよう飛行甲板待機の二直態勢に移行していた。


 そこへ予想通りの時間に敵が現れる。

 第三艦隊旗艦「翔鶴」が電探で敵編隊を探知するのとほぼ同時、俺もまた感知魔法によって敵編隊の襲来を察知していた。

 電探を装備せずに臨んだミッドウェー海戦に比べ、格段に向上した探知能力は迎撃側に十分なリアクションタイムを与えてくれる。

 そのような中、他の機体を押しのけて最優先で「翔鶴」の飛行甲板を蹴って上空に駆け上ったのは俺が乗る二式艦偵だった。

 上空にある零戦隊は小隊単位だった編隊を中隊ごとのそれへと組み直しつつある。

 その頃にはおぼろげだった敵戦力の概要も分かってくる。

 俺の感知魔法に引っかかったそれは四〇乃至五〇機からなる編隊が三つだ。

 この頃の米軍はまだ戦闘機や爆撃機、それに雷撃機ごとに編隊を組む技量は無いから、つまりは各空母単位で押しかけてきたということだ。

 ならば米空母は三隻。

 事前の予想通りの戦力が想定通りの時間にやって来たことで、俺は少しばかり心に余裕を持つ。


 上昇する二式艦偵のシートに身を預けつつ俺は自身が神の眷属であるというウソ情報と併せ、感知魔法によって得た敵の距離や高度といった情報を同じく魔法を使って零戦搭乗員の脳内に直接呼びかける。

 次の瞬間、雑音の多い無線機からどよめきが流れてくるが無視する。

 まあ、誰もいないはずの大空で、しかも無線機も介さずにいきなり明瞭な声が頭の中に飛び込んできたらふつうはびっくりするわな。


 「敵編隊は三群。迎撃第一陣は最も近い敵の先鋒を叩き、続く敵編隊は現在緊急発進中の迎撃第二陣に対応してもらいます。

 我々は敵先鋒編隊を叩いた後はすぐに敵の第三の編隊、つまりは最後尾編隊にも攻撃を仕掛けます。なので、敵の先鋒に関しては深追いはこれを厳禁とします。爆弾や魚雷を投棄した機体は一切無視してください」


 さらに一呼吸置き、俺は何より大切なことを告げる。


 「この戦争は航空優勢、つまりは制空権を獲得した側が勝利を収めます。そして、その制空権獲得の要は戦闘機であり、それを駆る搭乗員です。

 残念ながら帝国海軍戦闘機隊の搭乗員の層は薄い。その中でも熟練と呼ばれる皆さんはもはや希少種と言ってもいい。

 ですので、もし重要個所に被弾した、あるいは発動機に少しでも異変を感じた場合はすぐに母艦へ引き返してください。あなた方の代わりが務まる者は帝国海軍にはいません。

 自身が死ねば、生き残った戦友たちに大きな負担がかかりますし、なによりそれは日本の戦う力の喪失を意味します。それは、本土に残した大切な人々を危険にさらす行為に等しい。

 大切なので、もう一度繰り返します。くれぐれも無理はしないでください。私は戦果よりも皆さんの生還を希望します」


 俺の言葉に、無線機から再びどよめきが聞こえる。

 そのどよめきが何を意味するのかは俺には分からない。

 日本軍は戦果のためなら兵士を平気で使いつぶすような組織だから、あるいは俺の言葉を意外に思ったのかもしれない。


 「では、これより上昇を開始します。全機続いてください」


 南雲長官直々に迎撃隊の指揮を委ねられた俺は軍人らしからぬ言葉で四五機の零戦に命令を下す。

 そのまま俺は最前方に位置する敵編隊に最短距離で迫る。

 本来であれば、太陽を背に接敵するのがベストなのだが、あいにくと素人の俺にそんな小器用な真似など出来るはずもない。

 それに腕利き揃いの零戦搭乗員であれば、奇襲でなくとも十分に戦えるはずだ。


 前方やや下方の空にゴマ粒のしみが湧き出して来る。

 目の良い零戦搭乗員らはすでに敵機の存在に気付いているはずだ。

 高度はこちらが五〇〇メートルほど上。


 「改めて目標を指示します。『加賀』戦闘機隊は敵護衛戦闘機の排除をお願いします。敵戦闘機隊は手練れ揃いですから、くれぐれも気を付けて。

 『龍驤』隊と『瑞鳳』隊は敵爆撃機を、『翔鶴』隊と『瑞鶴』隊は敵雷撃機を叩いてください」


 そう言い置いて俺は操縦員に機首をわずかに右に向けるよう指示する。

 零戦搭乗員たちはまだ視認できないだろうが、俺の感知魔法はすでに敵第二群を捉えている。

 そして、わずかに遅れてやってくる敵第三群も。

 理想を言えば、迎撃第一陣だけですべての敵編隊を相手どれればよかったのだが、さすがに四五機の零戦では無理があり過ぎた。


 「頼んだぞ、迎撃第二陣」


 俺は胸中で迎撃第一陣を追求してくる迎撃第二陣に呼びかける。

 敵第二群の対応は迎撃第二陣の同じく五個中隊四五機の零戦があたる。

 こちらはいささかにわか仕込みではあるものの、「翔鶴」の電探と零戦の無線機を連動させた航空管制を実施する手はずだ。

 PPIスコープやIFFといった便利装備が無い中でどこまでうまくやれるかは分からないが、それでも史実よりはマシな戦い方が出来る、と信じるしかない。


 だが、それよりもまずは敵先鋒編隊への対処だ。

 その敵編隊が見えてくる。

 高度の優位は俺が感知魔法でカンニングしたから、当然のことながらこちらが握っている。

 一方の敵もこちらを視認したのだろう。

 護衛のF4Fと思しき一〇機ほどの機体が急上昇をかけるが、もう遅い。

 四五機の零戦が加速、そのまま緩降下に転じた。

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