第28話 第二次攻撃隊

 第二次攻撃隊を指揮する淵田中佐は覚悟していた迎撃機が一機も現れないことに安堵していた。

 戦闘機のみで編成された第一次攻撃隊と違い、第二次攻撃隊は戦爆雷の一般的な編成だ。

 「翔鶴」と「瑞鶴」、それに「加賀」からそれぞれ零戦六機に九九艦爆が一八機、さらに九七艦攻が一五機の併せて一一七機からなる。

 九九艦爆はいずれも二五番、九七艦攻もまた全機が九一式航空魚雷を抱えている。

 発見した二つの米空母部隊にはそれぞれ複数の零式水偵が接触を維持しており、取り逃がす恐れはない。


 なにより恐れていた迎撃機が現れなかったのは第一次攻撃隊が完璧な仕事をしてくれたからだろう。

 入ってきた連絡によれば、第一攻撃隊は七〇乃至八〇機程度と思われる敵戦闘機と交戦、ほぼ一方的に敵を撃滅したという。

 迎撃機の数からいって敵は最低でも空母を三隻以上伴っているはず。

 ならば、こちらもまた三隻の米空母を撃沈し、完璧に任務をこなしたいところではあったが、あいにくと気象条件が悪かった。

 雲量が多いうえにところどころにスコールを発生させる密雲がある。

 おそらく、この中に第三の空母がいるのだろうが、見つけることは困難だろう。


 淵田中佐が受けた命令は「瑞鶴」隊と「加賀」隊が既発見の空母を叩き、「翔鶴」隊はしばらく当該海域を捜索のうえ、もし第三の空母が見つからなければ先に発見した二隻の空母を攻撃せよというものだった。

 ただ、状況次第によって第三の空母の捜索命令についてはこれを無視しても構わないと言われている。

 要は、現場判断を優先するというものだ。

 そして、淵田中佐は第三の空母の捜索が困難だと判断した。

 あのスコールに飛び込めば迷子が続出し、下手をすれば空中衝突さえあり得た。

 無駄な危険を冒すべきではなかった。


 「『瑞鶴』隊ならびに『翔鶴』第二中隊は前方の、『加賀』隊ならびに『翔鶴』第一中隊は後方の空母群を狙え。爆撃隊が護衛艦艇を叩いた後に雷撃隊が突入、敵空母を一気に殲滅する。全機、攻撃開始!」


 淵田中佐の命令一下、一一七機の攻撃隊が複数のグループに分かれる。

 五四機の九九艦爆が二七機ずつに分かれ、さらに小隊ごとに散開してそれぞれ敵空母の周囲に展開する巡洋艦や駆逐艦に狙いをつける。

 一方、九七艦攻のうち「瑞鶴」隊と「翔鶴」第二中隊の二一機が前方の、「加賀」隊と「翔鶴」第一中隊の二四機が後方の空母を挟み込むようにしながら低空へと舞い降りていく。

 その間、一八機の零戦は小隊ごとに分かれ、万一の敵戦闘機の出現に備えて周辺空域を旋回する。


 その中で真っ先に攻撃を仕掛けたのは九九艦爆隊だった。

 これまでとは違い、三機一組となって同時爆撃を敢行する。

 三機が同時に爆撃を行ったのは米艦が吐き出す濃密な対空砲火を分散させるためだ。

 従来の一機ずつ順番に爆撃するやり方であれば、後続する機体は前の機体の投弾を参考に出来るから命中率は上がる。

 しかし、一方で後続の機体は敵に飛行コースを読まれるから被害も大きくなるのは必定だ。

 被害抑制か戦果拡大かを選ぶのであれば、従来の帝国海軍であれば間違いなく後者を志向しただろう。

 だが、珊瑚海海戦で大量の搭乗員の戦死者を出したこと、さらにジュンという神の眷属が同時投弾を主張したことによってこの戦いからは小隊ごとに投弾することが決まったと淵田中佐は耳にしている。


 そして、その考えが正しかったことを淵田中佐は理解する。

 護衛艦艇から打ち上げられる火弾や火箭の量が尋常ではなかったからだ。

 巡洋艦はもちろん、駆逐艦からの砲火もまた帝国海軍のそれに比べて遥かに上回っている。

 あるいは、米駆逐艦の主砲は高角砲かもしくは両用砲なのかもしれない。

 それに対し、急降下する九九艦爆もひるんだ様子は見せないが、一機また一機と敵弾に絡めとられていく。

 五機に一機、下手をしたら四機に一機かあるいは三機に一機が撃ち墜とされているのではないか。

 淵田中佐がそう思うくらい多くの九九艦爆が煙の尾を引きずり珊瑚海の海へ次々に吸い込まれていく。


 一方の九九艦爆もやられるばかりではない。

 小隊ごとに投弾した爆弾は、最低でも一発は敵艦を捉えている。

 主力艦に対しては威力不足だといわれる二五番もこれが装甲が薄い巡洋艦や皆無の駆逐艦であれば絶大な効果を発揮する。

 巡洋艦は目に見えて対空砲火が弱まり、駆逐艦はそのいずれもが盛大に煙を吐き出して速力を衰えさせる。


 「次はこちらの番だな」


 敵戦闘機を撃滅した零戦隊、護衛艦艇に大打撃を与えた九九艦爆隊。

 そのいずれもが完璧な仕事をしてくれた。

 その健闘に応えるべく淵田中佐は八機の部下とともに輪形陣を突破する。

 狙うは中央の空母のみ。

 反対側からは「加賀」隊も肉薄しているはずだ。

 敵の空母が対空砲火を振りかざしながら回頭を始める。

 ここに至ってもなお生存をあきらめていないのだ。

 だが、二四機もの九七艦攻に狙われては米空母に助かる道理は無い。

 肉薄したこと、さらに護衛艦艇の対空砲火が減衰したことで敵空母の詳細が分かった。

 艦橋のすぐ後ろにそびえたつ巨大な煙突。


 「サラトガか!」


 かつて「赤城」や「加賀」、それに珊瑚海海戦で沈んだ「レキシントン」とならんで世界のビッグフォーと呼ばれた存在。

 敵空母の正体を知った淵田中佐は自身のテンションが上がるのを自覚する。

 同時に敵空母から火箭が噴き伸びてくる。

 回頭している艦上からの射撃だから狙いはさほど正確では無い。

 だが、それでも一機が投雷前に、さらにもう一機が投雷後の回避途中に被弾、撃墜される。

 しかし、それが「サラトガ」の限界だった。

 二〇本以上にも及ぶ魚雷の包囲網に突っ込んだ「サラトガ」は、必死の回避操作によって半数以上の魚雷を躱してみせたものの最終的に八本を被雷、完全にその動きを止めた。

 どう見ても助かる見込みはなかった。

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