第27話 戦闘機掃討

 第一次攻撃隊は「翔鶴」と「瑞鶴」、それに「加賀」からそれぞれ一二機、「龍驤」から六機、「瑞鳳」から三機の零戦が飛び立ち、さらに「瑞鶴」と「加賀」所属の二式艦偵それぞれ一機が先行偵察ならびにこれら機体の誘導任務にあたる。

 二機の二式艦偵以外のすべての機体を零戦で固めた第一次攻撃隊の任務は敵戦闘機の掃討、欧米で言うところのファイタースイープだ。


 その第一次攻撃隊の指揮を執るのは「翔鶴」から発進した板谷少佐だった。

 板谷少佐は「赤城」がドック入りするのにあわせ「翔鶴」に一時転属となり、そのまま臨時の戦闘機隊長となった。

 第一次攻撃隊に参加する零戦の多くが板谷少佐のように他の空母から一時転属してきた搭乗員らで占められている。

 本来、機動部隊同士の洋上航空戦において艦上戦闘機が受け持つ任務は艦爆や艦攻の護衛か、あるいは敵の航空機から友軍艦艇を守ることだ。

 いずれも守らなければならない対象があるから、戦闘機搭乗員の自由度は極めて限定されたものになる。

 だが、此度の第一次攻撃隊の零戦搭乗員に与えられた任務は敵戦闘機の掃討だ。

 腹に爆弾や魚雷を抱えた鈍重な艦爆や艦攻を守る必要も無く、ただただ敵の戦闘機を撃墜することに専心できる。

 そして、戦闘機搭乗員の多くは自由度の高い任務を好むから、第一次攻撃隊に選ばれた搭乗員らは誰もがその任務を聞いたときに喜んだ。

 あるいは、一時転属してきたお客さんには一番おいしい舞台を与えようという第三艦隊司令部の配慮なのかもしれない。


 そう考える板谷少佐ではあったが、しかし彼は先のミッドウェー海戦において少しばかりの悔いを残していた。

 事前に飛行長や源田中佐からサッチ隊への対応を依頼されていながらその会敵に失敗、サッチ少佐を取り逃がしてしまったのだ。

 後で聞いたところ、サッチ隊とおぼしき凄腕の小隊によって少なくない友軍機が撃破され、そのことで戦死者も出たらしい。


 「あの時の借りは返す」


 米戦闘機隊が繰り出してくるであろうサッチウィーブといった新戦術への対抗策はまだ出来ていない。

 今のところは単機空戦を避けることと、後方だけでなく側方にも気を配ることといった対処療法しかない。

 それでも、狭い飛行甲板に離着艦できる帝国海軍きっての腕利きが駆る零戦であれば、敵が新戦術を繰り出してきたとしてもそうそう後れを取ることは無いはずだ。

 板谷少佐は発艦前に予想される敵戦闘機は五〇機から七〇機程度だと聞かされていた。

 三隻の米空母には一〇〇機程度の戦闘機が搭載されており、そのうちの半分乃至三分の一程度は攻撃隊の護衛にあたるはずだから、半分であれば五〇機、三分の一が攻撃隊の護衛にあたっていれば七〇機程度の直掩機があるという計算だ。

 その板谷少佐の耳に先行偵察任務にあたる「瑞鶴」の二式艦偵から連絡が入る。

 ジュンという神の眷属の助言によってアース配線を工夫した結果、雑音が多いものの零戦の無線機は近距離であればそれなりに使い物になるようになった。


 「三群からなる敵編隊が接近中。いずれも同高度で一群あたり二〇機乃至三〇機程度。零戦隊は高度を上げてこれを迎撃されたし」


 二式艦偵からの報告を信じるのであれば、敵の戦力は六〇機から九〇機程度。

 予想より少し多めだが、それでも想定の範囲内だ。

 誘導任務の「加賀」の二式艦偵が上昇を開始、四五機の零戦もそれに続く。

 しばらくすると前方に三つに分かれたゴマ粒が現れる。

 先行偵察任務にあたる二式艦偵のおかげで高度の優位はこちらが握っている。

 敵が慌てたように上昇を開始するがもう遅い。


 「『瑞鶴』隊と『龍驤』隊は左翼、『加賀』隊と『瑞鳳』隊は右翼の編隊を狙え。

 中央の敵は『翔鶴』隊が叩く。全機突撃せよ!」


 戦力が偏らないよう目標を指示しつつ、板谷少佐は機首を下げ位置エネルギーを速度エネルギーに置換する。

 低伸しない二〇ミリ弾も撃ち下ろしであれば命中率が上がるし、非力な七・七ミリ弾も少しは威力が増すだろう。

 上方からかぶられたF4Fワイルドキャットが機首を振って零戦の突っ込みから逃れようとするが運動性能は明らかに零戦のほうが上だ。

 F4Fの必死の回避もむなしく二〇ミリ弾と七・七ミリ弾が同機体の上面に無慈悲に降り注ぐ。

 初撃で一五機を撃ち墜とされたF4Fは大きくその数の優位を減じ、乱戦に巻き込まれる。

 彼我入り乱れての旋回格闘戦は零戦の土俵、もっと言えば独壇場だ。


 一方のF4Fは、いち早く急降下して零戦の魔手から逃れたベテランもいるにはいたが、その数はわずかでしかない。

 艦隊直掩任務にあたるF4Fにとって辛かったのは、単機航法が可能な熟練の多くが攻撃隊護衛の任務に駆り出されていたことだ。

 それゆえ、友軍艦隊近傍で戦うことが出来る直掩任務には実戦経験のほとんど無い中堅かあるいは優秀な若年パイロットが配置されており、全体の練度は決して高いものではなかった。


 逆に日本側はその誰もが一騎当千の手練れだ。

 腕に劣る側が相手の得意とするステージで戦えば、多少数に勝っていたとしても勝利は覚束ない。

 零戦を駆る腕利き搭乗員らは次々にF4Fの後方に回り込み容赦なく機銃弾を浴びせかける。

 あと半年もあれば、立派なベテランに育ったであろう米搭乗員は、しかし珊瑚海の空にその命を散らす。


 最初に七三機あったF4Fは戦闘終了時には一六機にまで減じており、その多くが機体に無残な被弾痕を残していた。

 一方で零戦のほうは三機が失われただけで、そのキルレシオは一九対一。

 後に第二次珊瑚海海戦と呼ばれるこの戦いは、まず日本側が主導権を握った。

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