第26話 天の利

 二四機の九七艦攻と六機の零式水偵による二段索敵は確かに二つの米空母群を発見した。

 それらはそれぞれ一隻の空母を基幹とし、その周囲を巡洋艦や駆逐艦が守る典型的な輪形陣を形成しているという。

 だが、米艦隊は「エンタープライズ」と「サラトガ」、それに「ワスプ」を迎撃に差し向けてくると考えられていたから、つまりは予想された戦力のすべてではない。


 「出撃日を誤ったか」


 索敵機からの第一報を聞いたとき、俺はついそう思ってしまった。

 後知恵があるからといってなんでもかんでも分かっているわけではない。

 当たり前だが、当日の戦闘海域の気象状況などはさすがに把握していない。

 で、その気象条件は明らかに日本側にとって不利、米側にとって有利な状況だった。

 索敵機からの報告によれば、米機動部隊が存在する海域は雲量が多く、そのうえところどころに密雲とともにスコールが発生しているという。

 そのような悪条件の中でも敵機動部隊を発見することが出来たのは、索敵任務に携わる搭乗員らに「迷った時には危険を顧みず雲の下を飛行せよ」と事前に通達が出されていたことが大きかった。

 一方、第三艦隊の上空はといえば、快晴とまではいかないものの、それでも雲量はさほど多くなく、スコールで身を隠せそうな密雲は一切無かった。


 その第三艦隊はつい先程、米機動部隊が放ったSBDドーントレスによってその所在を暴露していた。

 地の利というか天の利が明らかに今は米側有利に傾いている。

 だが、第三艦隊司令部に焦りの色は無い。

 敵の空母は三隻というのが第三艦隊司令部員らの共通認識だが、そのうちの二隻までを発見したのだ。


 「ジュンさん、どう考えますか」


 南雲長官が草鹿参謀長をとばして俺に尋ねてくる。

 まあ、俺は参謀では無いので指揮命令系統を逸脱した行為ではないのだが、ついつい草鹿参謀長をチラ見してしまう。

 一方、俺の不躾な視線を受けた草鹿参謀長は苦笑を返してくる。

 どうぞ、お構いなくということだろう。


 「すぐに第一次攻撃隊を出すべきだと思います。さらに第二次攻撃隊も可及的速やかに。

 既発見の二群に関しては『瑞鶴』隊と『加賀』隊がこれにあたり、『翔鶴』隊はしばらく周辺海域を捜索、第三の空母が見つかればこれを攻撃し、見つからなければ発見した敵空母群に追撃を加える。

 いずれにせよ、こちらがすでに発見されている以上、米艦載機の空襲は必至です。第三の空母が見つかるまで攻撃隊の発進を控えるというのは悪手です」


 俺が話したことは南雲長官が考えていたことと一致していたのだろう。

 俺の言葉を受けた南雲長官は草鹿参謀長に向き直る。


 「ジュンさんの提案に特に異存はありません。すぐにでも攻撃隊を出しましょう」


 冷静な態度を崩さない草鹿参謀長にしては珍しく意気込んだような口調で賛意を示す。

 源田中佐や吉岡少佐といった航空参謀らも大きくうなずいている。


 「よし、第一次攻撃隊を出せ。同攻撃隊が発進した後は速やかに第二次攻撃隊も出す。ミッドウェーで溜まりに溜まった鬱憤を思う存分米機動部隊相手に叩きつけてやれ」


 大艦隊を率いる司令長官らしからぬ、けしかけるような台詞で南雲長官は攻撃隊の発進を命じる。

 俺はその時思った。

 ああ、南雲長官のような最高責任者が受けるストレスっていうのは俺が考えている以上に大きいのだなあと。

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