第25話 第三艦隊
昭和一七年七月一五日、新編された第三艦隊の艨艟たちは抜錨、舳先を南へと向けた。
出撃したのは空母が五隻に重巡が六隻、それに軽巡が一隻に駆逐艦が一六隻。
艦上機と水上機合わせて三〇〇機余にのぼる一大機動艦隊であった。
「翔鶴」(零戦三六、九九艦爆一八、九七艦攻一八、二式艦偵二)
「瑞鶴」(零戦三六、九九艦爆一八、九七艦攻一八、二式艦偵二)
「加賀」(零戦三六、九九艦爆一八、九七艦攻一八、二式艦偵二)
「龍驤」(零戦二四、九七艦攻九)
「瑞鳳」(零戦二一、九七艦攻六)
重巡「熊野」「鈴谷」「最上」「三隈」「利根」「筑摩」
軽巡「長良」
駆逐艦「秋雲」「夕雲」「巻雲」「風雲」「嵐」「萩風」「野分」「舞風」「初風」「雪風」「天津風」「時津風」「浦風」「磯風」「谷風」「浜風」
第三艦隊には他にも空母の護衛として複数の高速戦艦があったが、油不足のためにこちらは不参加となった。
大きく変わったのは艦上機の編成だった。
これまで重視してきた艦上爆撃機や艦上攻撃機といった対艦打撃能力を持つ機体を減らし、その一方で戦闘機を大幅に増強した。
これは珊瑚海海戦やミッドウェー海戦での戦訓を反映したもので、戦闘機はミッドウェー海戦の七二機から一五三機へと二倍以上に強化されている。
これら戦闘機は作戦に参加しない同じく第三艦隊に所属する「赤城」や「隼鷹」、それに「飛龍」や「蒼龍」の戦闘機搭乗員とその機体を一時転属させ、それでも不足する分は基地航空隊の母艦勤務経験者をかき集めることで何とか定数を確保した。
その第三艦隊の目標は表向きはポートモレスビー攻略ではあったが実際には違う。
迎撃してくるであろう米機動部隊の捕捉撃滅こそが真の目的だ。
本来、機動部隊同士の戦いであればそこに投入するのは「龍驤」や「瑞鳳」といった軽空母よりも攻撃力が大きい正規空母こそが望ましい。
だが、「赤城」や「飛龍」、それに「蒼龍」は開戦以来の連戦で整備が必要となっていたし、正規空母に準じる攻撃力を持つ「隼鷹」は脚に難があった。
その一方で「翔鶴」と「瑞鶴」はMI作戦の間に修理や整備を完了、「翔鶴」に至っては新たに電探まで装備していしていたし、「加賀」もまたインド洋作戦の間に艦底の修理と併せて整備も出来ていたからこの作戦に投入が可能だった。
それと、本来であれば「瑞鳳」も整備をおこないたい時期ではあったのだが、さすがに「赤城」や「飛龍」、それに「蒼龍」が整備中とあってはこちらは造修施設が空くのを待つしかない。
そこで、「瑞鳳」に関しては今回は少しばかり無理を押しての参加となった。
一方、相手の米機動部隊は間違いなく迎撃に現れるはずだった。
豪州の不安を取り除くといった政治的要請、さらには「レキシントン」の敵討ちといった理由もあるが、なによりも根拠となるのは彼我の戦力の考量だ。
米軍は「赤城」や「飛龍」、それに「蒼龍」が日本本土にあることが分かっているはずだし、「隼鷹」は「鳳翔」とともに瀬戸内海で派手に離着艦訓練を行っているから情報収集能力に優れた米軍であればこのことも察知しているだろう。
また、近日中に「飛鷹」が竣工することもとっくの昔に掴んでいるはずだ。
我の全力で敵の分力を討つという兵法に照らし合わせれば、空母の半数が日本本土にある今が日本艦隊の叩き時だ。
帝国海軍が保有する六隻の正規空母とそれに迫る戦力を持つ「隼鷹」と「飛鷹」、それに複数の小型空母がまとまって行動を起こせば米空母部隊は決定的に不利となる。
だからこそ、帝国海軍の空母戦力が充実するのを座して見守ろうはずもない。
だが、こちらもまたそれは同じだ。
日本軍は俺の後知恵によって「ホーネット」が現時点でレーダーの更新や機銃の増設工事、あるいは訓練中であることを知っている。
また、「ヨークタウン」は機関の修理がまだ終わらないはずだし、「レンジャー」は大西洋にあることが分かっている。
つまり米軍が即時投入できる戦力は「エンタープライズ」と「サラトガ」、それに太平洋戦線に来たばかりの「ワスプ」の三隻のみ。
その搭載機数は二四〇機から多くても二五〇機までだろう。
水上打撃戦力こそ新型戦艦を投入できる米側が有利だが、俺は洋上航空戦のみで決着をつけるつもりだから特に問題だとは思っていない。
一時的に「赤城」から旗艦任務を引き継いだ「翔鶴」、その艦橋で俺は周囲を見回す。
南雲長官も草鹿参謀長も、そして源田中佐をはじめとする参謀たちも戦いの直前だというのにもかかわらず晴れ晴れとした顔をしている。
ミッドウェー海戦において防戦一方だったストレスをこの戦いで米軍相手に思う存分ぶつけるつもりなのだろう。
すでに索敵機は放っている。
第一陣として各空母からそれぞれ三機の九七艦攻が、さらに第二陣として「龍驤」から六機、「瑞鳳」から三機の九七艦攻とさらに重巡洋艦からそれぞれ一機の零式水偵が。
それら機体は現在、米機動部隊の姿を求めて南東から南西の空へと飛行しているはずだ。
これらのうち、特に敵艦隊を発見する可能性の高い中央の索敵線には村田少佐や友永大尉といった隊長任務も十分に務まる士官搭乗員の機体がその任についている。
これは、ミッドウェーの戦いにおいて索敵こそがなによりも重要だということを思い知らされた元一航艦司令部、つまりは現第三艦隊司令部の意思表明であり、攻撃よりも索敵を一段低く見る傾向のある帝国海軍将兵らに対して意識改革を促す一環でもあった。
もちろん、そうなるように仕向けたのは俺ではあるのだが、当然ながらそれは今回限りの話だ。
いくら先制発見が重要とはいえ、養成に一〇年あるいは一五年もかかる大尉や少佐を索敵に出すような贅沢な真似が今の帝国海軍に許されるはずもない。
少佐や大尉といった中堅士官の不足は極めて深刻なのだから。
いずれにせよ、ミッドウェーのそれの四倍を超える索敵機は必ず近傍に潜む敵機動部隊を見つけ出してくれるはずだった。
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