第二次珊瑚海海戦

第24話 欧州情勢

 ミッドウェー海戦が終わり、本土へ戻ってから半月あまり経った七月一日。

 世界情勢は俺の知るそれから大きな変化を遂げていた。

 どうやらブラウ作戦が中止されたようなのだ。

 ブラウ作戦は本来であれば先月の終わり頃に開始されていたはずだ。

 同作戦はバクー油田を占領し、同油田に頼るソ連経済を締め上げるという極めて野心的な計画ではあった。

 だが、それはドイツ軍の戦力や補給能力を大きく超えた無謀ともいえる作戦でもあった。

 実際、史実ではドイツ軍はソ連軍に対して相応の損害こそ与えはしたものの作戦そのものは失敗する。

 一連の作戦の中でドイツ軍は人材に決定的ともいえるダメージを被り、その後の戦争遂行を極めて困難なものにした。


 史実を知る俺はこの無謀な作戦をやめさせるべく、山本長官に訴えた。

 その山本長官は俺の献策を受け入れ、各方面に手を回してドイツに対して警告を発してくれたらしい。

 山本長官は人の好き嫌いが激しいことから敵は多かったものの、逆に彼を信奉する者も少なくなかった。

 そして、彼の息のかかった諜報部門の担当者を通じてドイツに対してブラウ作戦の秘密が漏れていることを伝えたらしい。

 その裏付けとしたのは、俺の記憶にあったブラウ作戦の作戦発起日や兵力、それにその配備状況だが、彼らからすれば知るはずのない最高機密を日本軍が知っていたことに衝撃を受けたらしい。


 さらに、六月一八日には決定的な作戦の漏洩が起こることも、内容はぼかしつつ予言として付言しておいた。

 これは、ドイツ軍の某作戦参謀が事前に飛行機で敵状偵察を行った際、ブラウ作戦の命令書を抱えたまま撃墜された事件を指したものだ。

 もちろん、警告を発した時点でこのことを知っていたのは後知恵を持つ俺とあとは山本長官と一部の関係者しかいない。

 後から聞いたところでは、山本長官が警告を発したのは六月一六日だったらしい。

 事件が起こる二日前だ。

 その警告、あるいは予言が的中したことでドイツ軍は大慌てになったという。


 だが、そのような中にあって、ブラウ作戦が無謀な作戦であるという極めてまっとうな認識を持っていた将軍たちは千載一遇のこの好機を逃さなかったのだろう。

 目標や動員兵力をはじめとした作戦内容を敵に知られていては、とてもではないがその成功は覚束ないと言って将軍らはヒトラー総統に翻意を迫ったのではないか。

 作戦前に機密文書を敵手に渡してしまうという軍の失策に激怒したヒトラー総統の姿が目に浮かぶが、それでも準備万端の敵に大軍を生贄に差し出すような判断をするほど愚かではなかった。

 まあ、俺の知るところではソ連軍も備えは万全という程ではなかったので、ここは山本長官とその部下たちがそう思わせるような文書に仕立て上げてくれていたのだと思う。

 いずれにせよ、欧州の戦いにおいてドイツ軍が決定的な破局を迎えずに済んだのだが、このことは日本にとっても非常に大きなことである。


 そうなってくると、次は太平洋の戦いだ。

 帝国海軍が次に行うべきアクションについてはすでに「大和」艦上にあるうちから俺と山本長官の間で話は詰めてある。

 後は、それを実行に移すのみだった。

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