第23話 足らぬ足らぬは工夫が足らぬ

 「欲しがりません勝つまでは」

 「ぜいたくは敵だ」

 「石油の一滴、血の一滴」

 「進め一億火の玉だ」


 俺が嫌いな戦時キャンペーンの文言。

 全体主義臭ばりばりだ。

 だが、その中にあって成程というか、吟味しておきたい言葉もあるにはある。


 「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」


 今の俺にピッタリの言葉かもしれない。

 昨日の夕食の際、俺は山本長官の機嫌を損ねることを承知のうえで彼に言いたいことの半分だけ言った。

 本当はもっと言いたいことがあったのだが初対面の、しかも海軍大将相手に辛辣な言葉を吐き続けられるほどのメンタルは持ち合わせていない。

 で、夕食の後、俺は言葉では説明しにくいことを書面でお伝えしたいと山本長官に願い出た。

 そして俺は今、彼の副官に用意してもらった筆記用具を使って苦手な文章作成に挑んでいる。


 最初に記したのは早期警戒態勢の構築についてだ。

 洋上航空戦だろうと陸上基地同士の航空撃滅戦だろうと、なにより大切なのは敵の襲撃を早い段階で察知することだ。

 敵の襲撃を知るのが早ければその分だけリアクションタイムが多く取れる。

 そうすれば迎撃戦力を有効活用出来るし、貴重な機体を艦上や地上で撃破されるような無様をさらさずに済む。

 国力差から、どうしても連合国側に対して数的劣勢を強いられる日本側航空戦力、それゆえにその効率的運用は絶必だ。

 で、俺が参考にしたのは英国本土航空戦で効果のあった防空システムの概念だ。

 レーダーと航空無線を活用した航空管制は英国やドイツがとっくの昔にものにしている。

 それに対し、帝国海軍はいまだその完全実用化には至っていない。

 というか、艦艇にしろ陸上基地にしろ、ごく一部を除いて電探すら普及していないのだから、それ以前の話ではある。

 その航空管制だが、その概念を俺はイラスト化し、さらにIFFやPPIスコープの下手な絵も併せてあしらっておいた。


 次に記したのは航空優勢獲得の要、戦闘機だ。

 太平洋戦争では帝国陸軍が一式戦と二式戦、それに三式戦に四式戦と矢継ぎ早に新型機を投入したのに対し、帝国海軍は戦争のほぼ全期間を零戦のみで戦った。

 もちろん、雷電や紫電、それに紫電改といった機体もあるにはあったが、それら三機種は合計してもようやく二〇〇〇機を超えるレベルであり、さらにその稼働率を加味すれば無きに等しいとまでは言わないものの、数があまりにも少なすぎた。

 だから、現状では海軍にあるのは零式艦上戦闘機と旧式の九六式戦闘機の二機種のみと言っていい。

 旧式の九六式戦闘機はこれからは使い出が無くなるので置いておく。

 脚出し式で遅いうえに武装も貧弱な九六式戦闘機ではこれから続々と登場するP38やF4Uといった二〇〇〇馬力級新型戦闘機に対抗することは困難だ。

 そうなると残る頼みは零戦だけだが、この機体に関しては当面の間は金星発動機を搭載するための改造に注力してもらうことを考えている。

 零戦に強力な武装や防弾装備を施すのであれば、排気量が小さくトルクが細い栄発動機では性能劣化が著しい。


 一方、後に雷電となる一四試局地戦闘機や、同じく烈風と呼ばれることになる一七試艦上戦闘機の開発については即時中止を訴えるつもりだ。

 開発体制の貧弱な海軍御用達のメーカーで局地戦闘機と次期艦上戦闘機の開発、それに零戦の改造はとてもじゃないが手に余る。

 雷電の代替に関しては鍾馗か、あるいは可能であれば間もなく生産が始まる飛燕の機体部分だけを陸軍からもらい受ければいい。

 鍾馗なら機体と発動機はそのまま、飛燕であれば金星発動機を搭載してしまう。

 飛燕については、今からこれに着手すれば五式戦の劣化版が史実よりも一年半ほど早く手に入るのではないか。

 改造着手が早い分、金星発動機は一五〇〇馬力を発揮する六〇型系統ではなく一つ前の五〇型系統になってしまうが、それでも最高速度をはじめとする性能の低下はさほど大きくはないはずだ。


 まあ、ここまではいい。

 問題はこれらに続く機体だ。

 戦争終盤に海軍は紫電改、陸軍は疾風という新型戦闘機を実戦投入したものの、いずれも発動機に問題を抱えその能力を十全に発揮することはかなわなかった。

 わずか三六リットルの排気量で二〇〇〇馬力を狙った誉発動機の不調に悩まされたからだ。

 誉発動機はふつうに良く出来た発動機ではあったものの、そのふつうの発動機をまともに造ることも、整備維持することも当時の日本にとってはいたくハードルが高いものだった。

 潤沢な高性能オイルや予備部品を抱えていた一部の航空隊こそ高い稼働率を維持したものの、他の多くの部隊はそういった恵まれた状況ではなかった。

 そのような部隊は仮に飛んだとしても定格出力を発揮出来ない機体が多かったから、同じ二〇〇〇馬力級の発動機を搭載した米戦闘機に対してかなりの劣勢を強いられた。


 一方、戦争終盤で第一線の搭乗員たちの間で評判が良かったのが、意外にも栄を搭載した隼三型か、あるいは金星を搭載した五式戦闘機だった。

 隼三型は最前線で死闘を繰り広げた搭乗員がP51とも戦えると語っているし、五式戦はテストパイロットがF6Fはもちろん、疾風にも勝るとの評価を下している。

 あるいは、誉が完調であれば疾風や紫電改は五式戦に勝るのだろう。

 だが、その誉が不調を抱えていては疾風も紫電改もそのポテンシャルを発揮することはかなわない。

 戦場では未完の大器よりもうまくまとまった凡機のほうがよっぽど有用だ。


 それと、戦闘機ではないが、ついでに彗星もさっさと液冷から空冷の金星にしてしまう。

 スリムな液冷発動機に比べて直径の大きな空冷発動機を搭載することで最高速度は少しばかり低下してしまうが稼働率は間違いなく向上する。

 そもそもとして、戦闘機械は動いてなんぼだ。

 このことで、零戦と五式戦もどき、それに彗星は金星で統一できるから生産や輸送、それにメンテナンスが極めてやり易くなる。


 他方、零戦と同じ艦上戦闘機の烈風は開発されたところで同世代のF8Fベアキャットには遠く及ばないからこちらはさっさと諦める。

 今から頑張ったところで昭和二〇年中に完成できるかどうかも怪しい機体だ。

 それに、仮に完成したところでF8Fはもちろん、熟成を重ねたF4Uコルセアにさえ劣るのではないか。

 残念ながら、登場時期を考えれば烈風が活躍出来るのは架空戦記の中だけだろう。


 ところで、陸軍の機体を採用するにあたっては過去にも実績があるからさほど問題は無いと思う。

 戦前には九七式司令部偵察機を九八式陸上偵察機として採用しているし、戦時中にも陸上偵察機と水上偵察機、あるいは戦闘機と艦上攻撃機を交換するプランさえあった。

 だから、飛燕の機体をもらったうえで代わりに陸軍が欲しがる海軍機を提供すればいい。

 彼らは自分たちが持たない水上機や艦上攻撃機といった機体を欲しがっていたはずだ。


 戦闘機以外にも書くべきことは山積している。

 特に急がれるのは潜水艦対策だ。

 魚雷の信管の欠陥を克服し、「ガトー」級の大量就役とともに始まる米潜水艦の猛襲に対する備えは喫緊の課題だ。

 艦隊決戦、もっと言えば魚雷戦に特化した日本の駆逐艦の潜水艦探知能力は低い。

 これは聴音機の性能の低さもあるが、一方で船体や機関が盛大に奏でる自家騒音の影響も大きい。

 艦種は違うが、実際に静音化対策を施したとある海防艦は、そのことによって著しく探知可能距離を伸ばした。

 駆逐艦にも同じことがいえるはずだ。

 一方、潜水艦に静音化対策を施せば、こちらは隠密性が格段に増す。


 それからも、開発すべき兵器、改善すべき装備、改変すべき艦隊編成や海軍組織のあれこれを考え、優先順位の高いものから順に文書を起こした。

 後知恵を行使できる身だからこそ、何をなすべきかは分かっている。

 兵器開発やその運用、それに効率的な組織の青写真は明瞭に俺の頭の中に描かれている。

 それゆえにアイデアを捻る手間はかなりの部分省ける。

 だが、その数はあまりにも膨大だ。


 「きりがないなあ」


 俺はこの日何度目かになるため息をついた。

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