第19話 善後策

 機能優先の軍艦の中において、狭いながらも個室を与えられるといった破格の待遇を受けている俺は、そこでいろいろと頭を悩ませていた。

 俺が今いるのは空母「赤城」ではなく戦艦「大和」だ。

 四六センチ砲を九門装備する基準排水量六四〇〇〇トンの巨艦であり、連合艦隊旗艦でもある。

 俺の「大和」への移乗は山本連合艦隊司令長官から直々に要請されたものだ。

 第一航空艦隊の南雲長官や源田参謀らは引き続き俺に「赤城」に残ってほしそうにしていたが、連合艦隊司令長官たっての要望とあっては彼らも引き下がらざるを得なかった。


 一方、俺としては連合艦隊司令長官という南雲長官以上に大きな権限を持つ山本長官とのコンタクトが取りやすいことは大きなメリットだったから、渋々といった風情で「大和」に居残った。

 渋々を装ったのは南雲長官をはじめとした一航艦司令部員たちに対するポーズだ。

 本当は「赤城」が良いんだけど連合艦隊司令長官のお願いだから仕方がないんですぅ~といったところ。


 そんな俺は「大和」に乗り込むと同時に同艦に収容されていた病人や怪我人らのもとに出向き、神の眷属の力と偽って治癒魔法を施した。

 屈強な兵士といえどもしょせんは生身の人間だ。

 ミッドウェーまでの遠征となると、どうしても急病人やあるいは怪我人が出てしまうのは仕方の無いことだ。

 二〇〇〇人を大きく超える乗組員を抱える「大和」において、ただの一人の例外もなく健康を保ったまま作戦を終えることなど到底不可能。


 その「大和」だが、連合艦隊旗艦になるだけあって帝国海軍艦艇の中では飛び抜けて高度な医療設備を持つ。

 医務科のスタッフもまた他の艦艇に比べて非常に充実しており、停泊中には緊急を要する病人や怪我人が外部から運び込まれてくることもあるらしい。

 それゆえ、「大和」にいれば重病人や重傷者には事欠かない。

 実際、現在の「大和」には他艦から運び込まれた病人やけが人が複数おり、中には事故に巻き込まれ生命の危険がある者さえいた。

 だが、そんな重病人や重傷者たちも、俺の魔法によって快復する。

 中には、軍医でさえ見放すような者を救ったものだから、周囲の人間は大いに驚き、そして仲間が助かったことを喜んだ。

 このことは軍医長から連合艦隊司令部員らにもすぐに知らされ、それからは俺に対する態度もずいぶんと軟化した。

 あるいは、神の眷属という俺の嘘を信じたことで無礼を働けば天罰が下るのではないかと恐れたのかもしれない。

 まあ、そんなこともあってあっという間に「大和」に神の眷属が降臨しているという噂が同艦内だけにとどまらず、連合艦隊全体に知れ渡ることになった。


 ところで、先日まで激戦が繰り広げられたミッドウェーの戦いだが、未来知識を持つ俺が介入したことによって大きくその様相を変えていた。

 「赤城」と「加賀」、それに「飛龍」と「蒼龍」が撃沈されずに済んだ一方で米側もまた同海戦で失われるはずだった「ヨークタウン」が助かった。

 日本側にとって最も大きかったのは、同海戦で三〇〇〇人以上の将兵が戦死するはずだったのが、それが数十人で済んだことだ。

 戦死したそのほとんどはなにより貴重な搭乗員ではあったものの、それでも史実では一〇〇人以上が失われていたのだから、こちらもまたずいぶんと被害はマシで済んだはず。

 ただ、九九艦爆の搭乗員らに対しては、その少なくない者が敵艦とではなく、敵雷撃機と刺し違えることになってしまった。

 当時の状況を考えれば仕方が無かったこととはいえ、この件に関しては少しばかり申し訳ない気持ちもある。


 占領したミッドウェー島に関しては、その維持を諦め同島の施設を徹底破壊したうえで放棄した。

 ミッドウェー基地にあったはずのレーダーや建設重機といったこれからの戦いに欠かせない機材の入手についてはそのほとんどが爆撃や艦砲射撃によって失われてしまっており目ぼしい成果は得られなかった。

 だが、一方で同島にいた多数の米搭乗員を捕虜に出来たのは僥倖だった。

 これら実戦経験のあるベテランは、そのまま放置しておけば教官や教員となって彼ら自身が培ってきた経験や技術を後進に伝え、そのコピーともいうべきパイロットを量産することになる。

 そして、それらパイロットは近い将来において日本軍に立ちふさがる重大な脅威となる。

 その元を断つという意味で、この戦果は決して小さいものではなかった。

 ミッドウェーの放棄が早々に決定されたのはこれまでの軍令部や各級艦隊司令部の意見によるものが大きかったが、俺が山本長官に進言したことも少なからずその判断に影響を与えているらしかった。


 そんな俺はミッドウェー海戦以降に起こるであろうことに思いを巡らせている。

 史実ではこれから二カ月ほど後に連合軍によるウォッチタワー作戦が発動され、いわゆるガダルカナル島を巡る戦いの火蓋が日米間で切っておとされる。

 連合軍の反攻時期を読み違えた帝国海軍の失策もあり、ガダルカナル島上陸作戦は絵に描いたような奇襲となった。

 ガダルカナル島の守備隊は蹴散らされ、一部完成をみていた飛行場はこれをあっさりと連合軍に奪取される。

 あとは、なにより避けなければならない消耗戦に引きずり込まれ、多数の航空機や軍艦、それに商船を失い事後の作戦に決定的な悪影響を及ぼすことになる。


 他方、欧州に目を向ければ今月の終わり頃にブラウ作戦が発動されるはずだった。

 ブラウ作戦はバクー油田に依存するソ連経済に打撃を与えるため、同油田の占領を目指したものだ。

 当初はバクー油田からの供給路を断つだけだったのが、ヒトラー総統の意向によって最終的には油田そのものを占領することに目標が拡大されてしまった。

 だが、当時のドイツにバクー油田を占領する力などあるはずもなく、兵力不足や補給困難などを理由に将軍らは反対したのだが、結局はヒトラー総統が押し切ってしまった。

 準備不足を訴える提督たちを抑え、ミッドウェー攻略作戦を強行した山本長官と通じるものを感じないではいられない。

 なんにせよ、このブラウ作戦においてドイツ軍はソ連軍に対して相応の出血を強いたものの作戦目標を達成することは出来ず、そのうえ致命的ともいえる人的ダメージを被った。

 これについては是非とも止めさせなければならない。

 ドイツという同盟国の弱体化は日米の戦いにも極めてまずい影響を与える。

 東部戦線をはじめ欧州の戦域においてドイツ軍が頑張ってくれればくれるほど米国からの太平洋方面に流入する戦争資源は減り、それはすなわち日本に対する圧力が軽減されることを意味する。


 「どうしようかな~」


 俺の予定だが、今日の夕食は長官室で山本長官と二人で食事をすることになっている。

 日本本土に帰るまでの間に俺と少しでも話す機会を持ちたいとのことだった。

 まあ、部下と将棋をやっているよりは俺との話し合いをもったほうがよほど有益だろう。

 だが、単なる艦オタであってミリオタや歴史オタほどには陸戦の知識を持ち合わせていない俺は太平洋の戦いと違ってブラウ作戦についてはあまり詳しくはない。

 もちろん、第二次世界大戦におけるターニングポイントの一つとして挙げられることもある大きな作戦だから概要くらいは知っているのだが、それでもその知識ははっきり言って心もとない。


 「どうしようかな~」


 同じ言葉が何度も口をついてしまう。

 指定された夕食の時間はすぐそこまで迫っていた。

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