第17話 糾弾指弾

 「大和」における連合艦隊司令部と第一航空艦隊司令部の会議は話し合いというよりは紛糾といった感じで、ネットでいうところの炎上の様相を呈していた。

 当然のことながら誹謗の言葉や怒号、それとともに唾もまた相当量が飛び交っているものと思われる。

 飛沫感染してしまいそうだ。

 連合艦隊司令部に対する糾弾の急先鋒となったのは、意外にもこれまで落ち着いた態度を崩さなかった草鹿参謀長だった。

 敵空母蠢動の兆候を伝達しなかった連合艦隊司令部に対してその不手際を難詰し、さらに機を見るに敏な源田中佐もここぞとばかりに連合艦隊が立てた作戦の不備を指摘する。

 敵艦を一隻も沈めることが出来なかった一航艦司令部を吊るしあげようと考えていた連合艦隊司令部員らは、だがしかし俺の後知恵によるチンコロによって防戦一方となった。


 ミッドウェー近傍海域における米空母蠢動の兆候という重大情報を傍受しておきながら、それを一航艦も知っているだろうという都合の良い思い込みによって伝えなかったのは完全な連合艦隊司令部の判断ミスだ。

 その事実を知った一航艦司令部の他の参謀たちや二航戦司令官はブチ切れ、八戦隊司令官や一〇戦隊司令官のほうはそこまではいかないもののそれでも相当にご立腹なのはその表情を見れば分かる。


 もともと、この作戦における各艦隊司令部の連合艦隊司令部に対する不信や不満は極めて大きいものがあった。

 ミッドウェー攻略作戦については軍令部や各艦隊司令部が準備不足による作戦延期を訴えたのにもかかわらず連合艦隊司令部は取り合わなかった。

 さらに一航艦に至っては大作戦の直前なのにもかかわらず熟練搭乗員の転属が相次ぎ、そのことで艦上機隊の術力は相当程度落ち込むことになった。

 それ以外にもこの作戦については「隼鷹」や「龍驤」といったそれなりの戦力を持つ空母をミッドウェーではなくアリューシャンに陽動として差し向けるといった戦力の分散や、あるいは戦艦部隊を機動部隊の遥か後方に置くなどといった艦隊配置など、首を傾げざるを得ないことがあまりにも多すぎた。

 だから、一航艦司令部や各戦隊司令官たちがこれまで溜め込んでいた鬱憤がここぞとばかりに連合艦隊司令部員たちに対して言葉の矢となって吐き出されていく。


 一航艦司令部員たちの剣幕に連合艦隊司令部員たちは押される一方だ。

 俺はそれを対岸の火事としていつまでも眺めていたい気持ちはあったものの、一方で度が過ぎた確執や軋轢は間違いなく事後に支障をきたす。

 連合艦隊司令部も一航艦司令部も同じ海軍組織の一員であり、基本的には手を携えてもらわなければならない。

 なので、話題を方向転換させるべく俺は別のネタを持ち出すことにした。


 「ちょっといいですか?」


 明らかに申し開きようのない失策を犯した部下を露骨に庇うわけにもいかず、困り顔の山本長官に向けて俺は挙手する。

 少しばかり安堵した表情をすぐに引き締め直し山本長官は俺の発言を促す。

 そんな俺は第二の爆弾を投下する。


 「ミッドウェーでの一航艦の苦戦は連合艦隊司令部が事前に傍受した米空母活動の兆候を教えなかったのが原因の一つではあるのですが、さらにもう一つ大きな要因があるのです。

 信じられないかもしれませんが、帝国海軍のD暗号はその構造を米情報部によってすでに読み取られています。そのため、乱数表を変更した直後のわずかな期間しかその機能を発揮することが出来ない。三隻もの米空母が太平洋という広大な戦域の中でミッドウェーに一点張りで待ち伏せすることが出来たのもこのことによるものです」


 詰問と弁解の応酬を繰り広げる連合艦隊司令部員と一航艦司令部員は俺の言葉に一斉に静まり返る。


 「帝国海軍の暗号が米国によってすでに破られているとおっしゃるのですか」


 俺が吐いた言葉に山本長官が絶句寸前といった表情で疑問を呈する。

 極めて信じがたい話である一方で、だがしかし米空母の待ち伏せという決定的な出来事がすべてを裏付けている。

 俺の話を聞いた連合艦隊司令部員と一航艦司令部員の態度は対照的だ。

 実際にミッドウェーで待ち伏せを食らい、さらに俺の力を良く知る一航艦司令部員たちはそういうこともあり得るのだろうなといった顔をしている。

 逆に連合艦隊司令部員たちはD暗号に全幅の信頼を置いているのか、まさかといった表情だ。


 「珊瑚海海戦にしろミッドウェー海戦にしろ、米国はその時に用意できる戦力をピンポイントかつ適切なタイミングで全力投入しています。予想を上回るミッドウェー基地航空隊の増強や三隻の米空母の出現といった状況がすべてを物語っている。

 この作戦に関して言えば、帝国海軍はミッドウェーを餌に太平洋艦隊を誘引して罠にはめるつもりが逆に相手にはめられてしまったのです。その失敗のツケは南雲長官をはじめとした一航艦の将兵の奮闘によって最小限の犠牲で切り抜けることが出来た。

 つまり、一航艦は連合艦隊司令部の失敗のツケをチャラにした。尻拭いしてもらった連合艦隊司令部が一航艦司令部を批判するなどお門違いも甚だしいということですよ。

 それと、俺の言ったことに疑問があるという方はミッドウェー海戦における時系列と日米双方の航路図を南遣艦隊の小沢長官に見せたうえで解説してもらってください。あの方は洋上航空戦だけでなく暗号にも通じていますから、その図を一読しただけで日本の暗号が米側に解読されていることを看破しますよ。

 あと、付言すれば陸軍のほうは海軍に比べて暗号の強度が高いのかあるいはその運用が厳格になされているのかは分かりませんが、いずれにせよ米国はいまだ解読には至っていません」


 海軍暗号が米側に筒抜けになっている。

 嫌な現実を連合艦隊司令部員は消化、あるいは納得しきれていないようだが、それでもさすがに一航艦司令部員といがみ合っている場合ではないと気づいたのだろう。

 俺の指摘によって連合艦隊司令部それに一航艦司令部ともにこの海戦で得た教訓や戦訓の洗い出しといった建設的な方向へと話題が転じる。

 その様子を安堵した表情で見つめつつ、山本長官が俺に話しかけてきた。


 「ジュンさん、お疲れのところ申し訳ないのですが長官室までご同道願えませんか。この後、少しばかり二人で話したいことがあります」

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