第16話 会議紛糾

 「ジュンさんとおしゃいましたかな。

 貴方のご活躍は一航艦長官からうかがっています。

 米軍の罠にかかった一航艦司令部に危機脱出のための献策、さらには負傷した将兵の治癒など、ずいぶんとお世話になったそうですね。この作戦における前線部隊最高責任者として私からも御礼申し上げさせていただきます」


 穏やかにそう語る山本連合艦隊司令長官ではあったが、その目には警戒心のような光が色濃く滲んでいる。

 まあ、無理も無い。

 腕から火球を吐き出して敵機を撃墜したり、あるいは手をかざしただけで重傷者を回復させたりするなど、もはや神か悪魔の所業だ。

 それを目の前の冴えない若造がやってのけるなど、実際に自分の目で確かめないことには信用することはまず出来ないだろう。

 だからと言って俺は魔法という、言わばとっておきの切り札をむやみやたらと使うつもりは無い。

 一日に使える魔力には限りがあるし、なにより俺のことを必要以上に恐れられても困る。

 魔力を持つ俺が帝国海軍の脅威と認識され、抹殺されてはたまらないし、いいように利用されるのもまっぴらごめんだ。

 なんにせよ、何が起こってもいいように魔力消費の少ない軽めの防御魔法と身体強化魔法だけは「大和」に乗り込む前にすでに施してある。

 それと、俺は少しばかり不愉快なことがあっても帝国海軍とは協調路線でいくつもりなので山本長官への返答は至極無難なものとなる。


 「いえ、一航艦があの危機を乗り越えることが出来たのはひとえに南雲長官や周りの参謀らの知恵と決断、それに将兵たちの献身によるものです。俺は知り得たことをお話ししただけです」


 「何をおっしゃいます。一航艦司令部員が全員無事でここにいられるのもひとえにジュンさんのお力添えがあってのことです。

 四機ものB26を一撃で屠った神の御技、それに敵の艦上爆撃機を撃退した際の鮮やかな指揮と技の冴えは艦上から見ていても見事の一言でした」


 俺の言葉を謙遜と受け取ったのか、あるいは功績を横取りするようで気が引けたのか、南雲長官が慌てたように横から口を差し挟んでくる。

 一航艦の危機を救い、負傷した将兵たちを積極的に治癒して回った俺と南雲長官をはじめとする一航艦将兵との関係は極めて良好だ。

 だが、実際に現場に居合わせなかった連合艦隊司令部員の中には今回の一航艦の戦いぶりに不満を持つ者も多い。


 「珊瑚海海戦と違い、空母が一隻も傷つかずに済んだことは重畳でした。ですが、これほどの大戦力を用意しておきながら空母はおろか駆逐艦の一隻も沈めることが出来なかったのも事実。それどころか、敵機動部隊に対して一切の攻撃を仕掛けていない。今回の一航艦の戦いぶりは少しばかり消極的すぎやしませんか」


 そう発言したのは雑誌などによって何度か目にした見覚えのある顔。

 連合艦隊先任参謀の黒島大佐だった。

 重要作戦の立案を任される連合艦隊のキーパーソンの一人だ。


 「捕虜から得た情報の通り、ミッドウェー基地航空隊ならびに米機動部隊の戦力は我々の当初予想を遥かに超えていました。敵の空襲が失敗した時点においてなお米機動部隊は戦闘機を五〇機以上、それに同じ数の急降下爆撃機を残していたと推測されます。

 仮に一航艦が第二次攻撃隊を出したとしても、護衛につけられる零戦はどんなに多く見積もっても二〇機程度でしかありません。この程度では一〇〇機を超えるであろうF4FやSBDから九九艦爆や九七艦攻を守り切ることは出来ず、攻撃は失敗に終わり大勢の熟練搭乗員を無為に失う結果となっていたでしょう」


 具体的な数字を挙げて黒島大佐に反論したのは源田中佐だった。

 将官が綺羅星のごとく居並ぶこの中において、中佐という階級は下から数えたほうが早いのだが、それでも存在感というか貫禄は引けをとっていない。

 その源田中佐が言った捕虜というのは一航艦の上空で撃ち墜とされた米軍機の搭乗員たちのことだ。

 捕虜について、俺は防空戦の前にひとつのお願いをしていた。

 救出した米軍捕虜は貴重な情報源なので丁重に扱ってほしい、と。

 それに、彼らからの証言が一航艦を救うことになるとも付言しておいた。


 捕虜から得た情報で分かったのは米空母は一隻あたり戦闘機が二七機に急降下爆撃機が三六機、それに雷撃機が一二機から一五機程度でその総数は三隻で二三〇機あまり。

 一航艦に来襲したのは雷撃機が四〇機ほどに急降下爆撃機が五〇機あまり、さらに戦闘機が二〇機程度で、雷撃機と急降下爆撃機はほぼすべて、戦闘機は半数程度を撃墜したと見積もられている。

 逆に言えば、米機動部隊は一航艦撃滅に失敗してなお戦闘機が六〇機以上、さらに急降下爆撃機も五〇機から六〇機程度は残っていた計算になる。

 もし捕虜からの証言を取っていなければ、源田中佐は具体的な機数を挙げて説明することはかなわず、反論に説得力を持たせることが出来なかったはずだ。

 史実のミッドウェー海戦では負け戦で頭に血が上った一航艦将兵による米兵捕虜への虐待、惨殺が相次いだ。

 中にはボイラーに叩き込まれた捕虜までいたというのだから、戦争の狂気というのはほんとうに恐ろしいものだと思う。


 ファクトとエビデンスに基づいた源田中佐の理性的な反論に、だがしかし黒島大佐は何か言い募ろうとする。

 元来、会議といったものが嫌いな俺は面倒くさいのでとっておきのカードを切ることを決意する。


 「少しいいですか?」


 挙手した俺に山本長官は首肯、直後に慌てたように「どうぞ」と声を出す。

 俺が神の眷属だという触れ込みに途中で思い至ったのだろう。


 「一航艦の戦いが消極的だというのは少し違うんじゃないですか。

 そもそもとして、戦闘が始まるまでに『大和』はミッドウェー近傍海域で米空母が活動している兆候を傍受していましたよね?

 それを山本長官は一航艦に知らせようとした。だけど、電波を出せば敵に位置を知られるとかあるいは一航艦も傍受したはずだから伝えなくてもいいとか言ってどこかの参謀が堰き止めちゃったんですよね。

 もし、そのことを一航艦にきちんと伝えていれば第一次攻撃隊に半数もの零戦を投入することは無かったでしょうし、索敵も入念なものに計画変更されたはず。そうなれば、ミッドウェー海戦の展開はずいぶんと違ったものになったでしょうね」


 俺の言葉に南雲長官が少しばかり顔を青ざめさせながら、それでも山本長官に向けて言葉を絞り出す。


 「ジュンさんのおっしゃった、『大和』が敵空母蠢動の兆候をつかんでいたというのは本当ですか」


 「事実だが、一航艦のほうは傍受していなかったのか?」


 山本長官の言葉に黒島大佐が顔面蒼白になる。

 まあ、そりゃそうだわな。

 堰き止めた当事者なんだから。

 で、俺の発言によってその場の空気が明らかに逆転した。

 駆逐艦一隻沈めることすら出来なかった一航艦に物申してやろうと考えていた連合艦隊司令部と、防戦一方だった戦いをどううまく説明しようかと頭を悩ませていた一航艦司令部。

 だが、違ったのだ。

 一航艦の苦戦の原因をつくったのはよりにもよって連合艦隊司令部だったのだ。

 電波を発信することで自分たちの存在が露見することを嫌った。

 あるいは、発信源により近いからというただの希望的観測を根拠に敵空母蠢動の兆候を伝えなかった。

 敵に知られることと敵を知らずにいることのどちらがより危険なのかは俺のような軍事の素人でも容易に分かる。

 連合艦隊参謀による致命的な情報遮断の事実を知った草鹿参謀長の顔は見る見るうちに紅潮し、山口司令官に至ってはそれを通り越してどす黒く変色しつつある。

 一方の黒島大佐のほうは完全に顔色を失っている。


 「面白くなりそうだ」


 俺は胸中でほくそ笑んだ。

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