第12話 歴史への介入

 俺が乗る一三試艦爆が「赤城」に着艦したのは現地時間の午前一〇時半をわずかに過ぎた頃だった。

 発着機部員の手を借りて飛行甲板へと降り立った俺の元に源田中佐が駆け寄ってくる。


 「ジュンさん、ありがとうございました。一航艦に襲いかかってきた敵艦上機の攻撃はすべてしのぎ切りました。直撃弾を食らった空母は一隻もありません。

 あれほどの多数機の攻撃を受けながら、全空母がいまだ健在なのはある意味奇跡のようなものです。残念ながら板谷少佐のほうはサッチ少佐との会敵を果たせませんでしたが、それでも戦果は大いに上がりました。集計は終わっていませんが、相当な数の敵雷撃機と敵急降下爆撃機を撃墜、あるいは撃破しています」


 「敵の攻撃を撃退できたのはひとえに零戦や九九艦爆搭乗員たちの献身によるものです。

 それよりも、米機動部隊の動きは? それと、一航艦司令部はこの後どうするつもりなのですか」


 俺は気になっていることを直截に尋ねる。


 「接触機からの報告では米機動部隊は速度を上げて東進、つまりは避退を図っているようです。乾坤一擲の攻撃が空振りに終わったことで逃げに転じたのかもしれません。

 それと今後の方針ですが、南雲長官や草鹿参謀長はいったん態勢を立て直してからミッドウェー島を再攻撃する腹積もりです。実際、主目標はミッドウェー島攻略であると作戦開始前に軍令部からそのように聞かされております。

 ただ、これとは別に八戦隊の阿部司令官や二航戦の山口司令官のように敵機動部隊が現れた以上、これを好機と捉えその撃滅を優先すべきだという意見もあります。一航艦の参謀の中にはこの具申に賛意を示す者もおります」


 源田中佐の言葉に俺は胸中でため息をつく。

 勇ましいのは結構だが、彼らは一航艦が置かれた現状を理解していない。


 「一航艦の中で第一次攻撃隊に参加した零戦と九九艦爆はミッドウェー島での激闘から休む間もなく防空戦闘に駆り出されており搭乗員は疲労の極にあるでしょう。なので、仮に米機動部隊に攻撃隊を差し向けるのであれば第一次攻撃隊に参加しなかった零戦と二航戦の九九艦爆、それに九七艦攻で編成せざるを得ません。ミッドウェーの飛行場がいまだに機能している以上艦隊防空も疎かには出来ません。

 なので、上空直掩は疲労困憊で体力的に厳しい第一次攻撃隊に参加した零戦隊に任せることになる。つまり、防空戦闘をしていない九七艦攻はそれなりの数が用意できますが、零戦と九九艦爆はそうはいかない。直掩に残すものを差し引けば、攻撃隊に割ける零戦は二〇機をわずかに超える程度といったところでしょう。

 一方で米機動部隊はいまだに三隻の空母に五〇機ほどのF4Fと同じ数のSBDを残しているはずです。先程までの防空戦闘で我々は米艦上機を撃退しましたが、それでもどんなに甘く見積もっても撃墜破したのは雷撃機が四〇機足らずに急降下爆撃機が四〇機から五〇機ほど、それに若干の戦闘機、その程度でしかありません。

 逃げに転じたとはいえ、いまだ米機動部隊は戦力を残しているのです。仮に二〇機あまりの零戦とさらに同じ数の九九艦爆、それに五〇から六〇機ほどの九七艦攻で攻撃を仕掛けたとしても敵は一〇〇機のF4FとSBDで迎撃してくる。

 わずかな数の零戦では敵の迎撃機から九九艦爆や九七艦攻を守り抜くことは至難であり、九九艦爆や九七艦攻のほとんどは投弾や投雷前に撃墜されてしまうことになるでしょう。今攻撃すれば、先程までとは逆の状況が起こります」


 俺の言葉に源田中佐が息を飲むのが分かる。

 実際に彼は「赤城」の艦橋からTBDが九九艦爆によって、SBDが零戦によって次々に撃ち墜とされていく様子を嫌というほどに見ているはずなのだ。

 彼の脳裏には今、F4Fによって撃ち墜とされる九九艦爆、あるいはSBDによって海面に叩きつけられる九七艦攻の姿がよぎっているのかもしれない。


 「零戦が少なすぎたのでしょうな」


 源田中佐の言葉に俺はうなずく。

 さすがに戦闘機搭乗員だけに制空権獲得の要である戦闘機の重要性を理解している。

 まあ、過去には戦闘機よりも急降下爆撃機にお熱を上げていた時代もあったようだが、今はそのことは忘れてあげよう。


 「了解しました。私もこれで決心がつきました。

 それと、戦闘直後でお疲れの中まことに心苦しいのですが、これから私とともに『赤城』艦橋に来てもらえませんか。そこで南雲長官や草鹿参謀長に今後の方針について私とともに説明していただきたいのです。神の眷属であるジュンさんのお話であれば、あの二人も自身の決断に自信を持つことが出来るでしょう」


 源田中佐の申し出に俺は首肯し、ホッとした表情をみせつつ歩き出した彼に続く。

 敵の急降下爆撃によって今頃は火だるまになっているはずだった「赤城」はいまだ健在。

 つまり、俺は女神から与えられたチートで歴史を捻じ曲げてしまったことになる。

 それが日本にとって、あるいは世界にとってどんな影響を与えるのか。

 だが、そのことを俺はあまり考えないようにした。

 戦闘はいまだ継続中なのだから。

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