第9話 虐殺の火炎弾

 「火炎弾!」


 艦橋で一航艦司令部員らが、スポンソンでその他大勢の将兵が見つめる中、全速航進に伴う猛風が吹きすさぶ「赤城」の飛行甲板上に仁王立ちとなった俺は立て続けに四つの火球を撃ち出す。

 その火球が「赤城」に迫る四機のB26に吸い込まれるやいなや、機体は紅蓮の炎に包まれた。

 それと同時に燃料あるいは抱えていた魚雷が誘爆したのだろう、盛大な爆炎と爆煙をあげて四散する。

 その光景を見た「赤城」の乗組員らは呆然とする者、あるいは拍手喝采や快哉を叫ぶ者などその反応は様々だ。


 俺は今回、威力こそ中級モンスターを仕留める程度に抑えたものの、長射程で自動追尾魔法をプラスしたそこそこ魔力消費の大きな火炎弾を放った。

 高角砲の射撃を一時中断してまで俺の魔法を優先してもらったのだから確実に仕留めなければならない。

 そんな切羽詰まった事情があったから魔力消費は度外視した。

 俺が撃ち墜としたB26は双発爆撃機で一機あたり七人、つまりこの一撃で俺は二八人もの米搭乗員の命を奪ったことになる。

 大量殺人だ。


 だが、それに対する罪悪感というものは、自分でも意外だと思うほどに湧いてこなかった。

 他人に対して割と淡白だという自覚はあったものの、それでも苦痛を伴う死を与えてなお平然としている自分に対し、少しばかり驚く。

 二八人の搭乗員には愛する妻や子供、あるいは恋人といった家族や友人がいたはずだ。

 俺が殺した搭乗員はもちろんだが、残された関係者たちにも多大なる苦痛を与えることになったはず。

 そのすべては俺の意志で火炎弾を使った結果だ。

 そのことを俺は頭では理解している。

 その一方で、罪の意識はほとんど感じない。

 あるいは魔王軍との戦いにおいてモンスターを大量に殺戮することになるはずだった俺に対し、ベティが良心の呵責に苛まれるようなことが無いよう、そういった部分に手を加えていたのかもしれない。

 そんなとりとめのない思索にふける俺の元へ源田中佐が駆け寄ってくる。


 「いやあ、ジュンさん、お見事でした。まさに、神の一撃といったところですね。あっという間に四機もの双発爆撃機を葬ってしまうとは。

 それと、敵の新型雷撃機のほうですが、こちらもジュンさんの事前警告のおかげで余裕を持って迎撃することが出来ました。残念ながら全機撃墜とはいかず一機取り逃がしてしまいましたが、一方で味方に被害はありません」


 喜色満面の源田中佐だが、しかし俺は肝心なことを再確認させる。


 「先程もお伝えしましたが、これから数十分間のインターバルを置いてミッドウェー基地からの攻撃が再開されます。今度はSBDとSB2Uの艦上爆撃機が合わせて三〇機近く、さらに二〇機ほどのB17爆撃機です。これらは零戦隊で十分対応出来ますが、この迎撃戦が終わったら急いで第一次攻撃隊の収容を行ってください。

 本当に怖いのは九時二〇分以降から開始される米機動部隊が放った艦上機隊の空襲です。こちらには一航艦の零戦と九九艦爆の総力を結集してあたらないとどうにもなりません。もし、迎撃に失敗すればそのツケは母艦とその乗組員の血によって贖われることになります」


 ミッドウェー基地から発進したB17やSBD、それにSB2Uの大雑把な来襲予想時間はすでにメモ書きして源田中佐に渡している。


 「はっ、そこらあたりは抜かりはありません。同じ航空参謀の吉岡少佐が敵機来襲予定時間に合わせた迎撃計画をすでに策定済みです」


 実際に俺がメモに書いた時間にB26とTBFが現れたことで源田中佐もその情報を完全に信用したようだ。

 出足好調だが、それでもミッドウェーの戦いはまだ始まったばかり。

 俺というイレギュラーの存在によってこの戦いがどういった結末になるのかは分からない。

 予期せぬ潜水艦攻撃によって足元をすくわれるかもしれないし、あるいは史実では一航艦を発見できずに攻撃を断念した「ホーネット」の戦闘機隊と爆撃機隊が乱入してくるかもしれない。

 戦いは、俺の歴史知識ではどうにもならない未知の領域に入ろうとしていた。

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