第7話 サッチ少佐
ミッドウェー基地航空隊による第一航空艦隊への空襲が始まるまでに少しばかりの時間があったので、俺は源田中佐や「赤城」飛行長といった航空隊幹部らに迎撃戦に対するいくつかの注意を与えていた。
「低空の敵雷撃機隊は九九艦爆が、中高空から侵入してくる敵急降下爆撃機隊には零戦がこれにあたるとしましたが、零戦の一部を低空に配備してください。
九九艦爆は重い魚雷を抱いたTBDには勝てますが、一方で身軽なF4Fが相手では少しばかり荷が重い。敵の雷撃隊には少なからず護衛戦闘機が張り付いているはずですから、それに対抗するためにも零戦が必要です。
それと、気をつけてほしいのは敵にはサッチ少佐という凄腕の戦闘機パイロットがいるということです。こいつが繰り出してくる新戦術は極めて厄介です」
そう言って俺はサッチ少佐がこのミッドウェーの戦いで初めて零戦相手に披露することになるサッチ・ウィーブという空戦術と、そしてそれに対抗するための策を伝える。
とは言っても、それは俺がこれまでに読んできた資料、あるいは商業誌などに書かれていたことの受け売りでしかないのだが。
「サッチ少佐の新戦術の件については了解しました。時間が無いので他の空母戦闘機隊にこのことを通達するのは難しいですが、『赤城』戦闘機隊には私の方で周知徹底させます。
あと、低空域の九九艦爆隊の用心棒は『赤城』第一中隊にやらせましょう。隊長の板谷少佐は現在ミッドウェー攻撃に向かっている最中ですが、戻り次第私のほうからこれらのことを彼に話します。日米の少佐対決、彼ならきっと勝利してくれますよ」
俺の話を聞いた「赤城」飛行長はそう言いながら凄みを効かせた笑みを見せる。
サッチ少佐がどれほどの手練れであったとしても板谷少佐であれば、しかも相手の手の内が分かっていれば決して後れを取ることは無いと信じ切っているのだろう。
それに同じ階級の飛行機乗りの対決。
あるいは、「赤城」飛行長は同じ階級対決に対し、いわゆる血湧き肉躍る精神状態になっているのかもしれない。
そのような中、俺の臨時従兵となった下士官が声をかけてくる。
南雲長官が俺に不便が無いようにとつけてくれた、ぱっと見たところ極めて任務に忠実そうにみえる真面目そうな下士官。
だが、あるいは彼は俺というイレギュラーな存在に対する監視役なのかもしれない。
「ジュン様、例の時間まであと二〇分ほどとなりました」
「あの~、すみませんが様呼ばわりはやめてもらえませんかねえ」
年上の、しかも貫禄十分の下士官に様呼ばわりされるのは極めて座りが悪い。
「いえ、ジュン様に対しては南雲長官から直々に決して失礼の無いようにときつく申し付けられております。それに、ジュン様が神の眷属であることは内々に聞かされておりますので、私のような下賤の者には他に呼びようもありません」
そう言われると返す言葉も無い。
神の眷属のような者だといったでまかせを俺が口にしたのは事実なのだから。
「分かりました。では飛行甲板まで案内していただけますか」
そう言って俺は下士官の後に続く。
現地時間の午前六時四五分。
一航艦が最初の空襲を受けるまであと二〇分ほどに迫っていた。
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