第6話 防御一辺倒

 「敵機動部隊への攻撃はひとまずあきらめ、すべての零戦と九九艦爆を迎撃にあててミッドウェー基地と米艦上機の攻撃をしのぐのですか」


 俺が提示した防御一辺倒の案は敢闘精神を尊ぶ帝国海軍士官にとってはあまりにも消極的に映ったようだ。

 だが、喧々囂々の議論をしている暇は無い。


 「あと二時間とたたずに米機による空襲が始まります。最初に一航艦に襲いかかってくるのはミッドウェー基地から飛び立った六機のTBFアベンジャーと四機のB26です。TBFはTBDデバステーターの後継機となる最新鋭雷撃機、B26は魚雷も搭載できる双発爆撃機で、いずれもそこそこ高速で防御力が高く撃墜が困難な機体です。

 それから一時間とたたずに同じくミッドウェー基地から発進したSBDが来襲し、その後も一航艦はB17やSB2Uによる断続的な攻撃を受けることになります。そして、今から約三時間後には米機動部隊が放った艦上機隊の猛攻が開始されるはずです」


 「つまり、一航艦は現状、ミッドウェー基地と米機動部隊が放った航空機によって波状攻撃、あるいは袋叩きにされつつあるということですか」


 事前予想を遥かに上回る敵の航空戦力に体調が回復したはずの源田中佐が顔を青ざめさせつつ俺に問うてくる。


 「先程申し上げましたが、すでに一航艦は米側が用意した罠にずっぽりとはまり込んでしまっている状態です。米軍の奸計を撃ち破るには攻めに徹するかあるいは守りに徹するかのどちらかしかありません。

 ただ、攻めに徹するのは得策ではありません。今、第二次攻撃隊を出せば多少の戦果は挙げられるでしょうが、一方で航空隊は護衛の零戦の少なさから壊滅的打撃を被るでしょう。

 また、第二次攻撃隊を出した場合、今度は艦隊上空を守る零戦が減りますから、その分だけ防空能力は低下します。そのことで少なくない空母が被弾、失われることになるでしょう。

 米軍機が侮れない実力を持つのは、先の珊瑚海海戦における『祥鳳』撃沈や『翔鶴』の損害状況を見れば一目瞭然のはず。しかも、今回は艦上機だけではなくミッドウェーの陸上機までが加わるのです」


 俺の言葉に「赤城」艦橋の温度がさらに下がる。


 「『瑞鶴』が参加していれば・・・・・・」


 誰が発したつぶやきかは分からないが、その気持ちは俺にも分かる。

 今の状況は端的に言えば戦力不足なのだ。

 特に零戦の少なさは致命的と言ってもいい。

 作戦前、一航艦司令部は自らが持つ圧倒的な航空戦力で米軍など容易に蹴散らせると考えていたはずだ。

 だが、いざ蓋を開けてみたら、相手が自分たちを上回る航空機を用意、準備万端待ち構えていた。

 このことで、一航艦司令部員らが受けた衝撃は小さくないはずだ。


 「考えている時間はありません。すでに我々は敵に発見され、一方で米機動部隊の発見には至っていない。

 ジュンさんの案を採用しましょう。もし、敵機動部隊が現れなかったとしても、その時はその時です。また改めてミッドウェー攻撃隊を編成すればいい」


 真っ先に立ち直った源田中佐が勢い込んで南雲長官と草鹿参謀長に訴える。

 さすがに航空参謀だけあって機動部隊同士の戦いが分秒を争うことを知悉している。

 決断が早いのはいいことだ。

 あと、それが正しければなお良いのだが。

 その源田中佐が俺に向き直る。


 「ジュンさんは先程零戦と九九艦爆のすべてを迎撃にあてると仰っておられたが、具体的な方策はお持ちなのですか」


 「九九艦爆は低空域でTBDが雷撃するのを妨害してもらいます。一二・七ミリ機銃を装備するSBDとは違い、残念ながら九九艦爆のほうは七・七ミリの非力な機銃しか持ち合わせていませんが、それでも魚雷という重量物を抱えて動きの鈍ったTBDへの対抗は十分に可能でしょう。

 それに二航戦の三六機に加えてミッドウェー基地攻撃に参加した一航戦の機体を加えれば九九艦爆の稼働機は六〇機を超えます。一方でTBDのほうは四〇機程度でしかありませんから十分に阻止できるはずです。

 零戦隊のほうは中高空でもっぱらSBDを叩いてもらいます。TBDと違い、SBDは動きの良い機体ですがそれでも零戦の敵ではありません。

 ただ、SBDのほうは数が多いので撃ち漏らしが出る可能性があります。そうなれば、後はもう各艦の対空砲火と回避運動に期待するしかありません」


 一航艦に襲来する米空母とミッドウェー基地から飛びたった航空機の数はどんなに多く見積もっても二〇〇機には届かない。

 一方、一航艦が保有する零戦と九九艦爆はそれぞれ七二機の合わせて一四四機。

 この中で第一次攻撃で失われたり損傷したりする機体もあるはずだが、それでも一二〇機から一三〇機程度は迎撃に使えるはずだ。

 この程度の計算は航空参謀であればすぐに出来る。

 そして、源田中佐は俺のプランを成算有りとみたらしい。


 「長官、それに参謀長。

 重ねて申し上げますが、やはりジュンさんの案でいきましょう。防御一辺倒の戦いは極めて不本意ではありますが、敵の罠を、囲みを突破するのが先決です」


 源田中佐の具申を受け、南雲長官は草鹿参謀長を見やる。

 南雲長官の無言の問いかけに草鹿参謀長もここに至ってはやむを得ないといった諦観の色を浮かべつつ首肯する。


 「了解した。一航戦ならびに二航戦の艦攻と艦爆は雷装ならびに爆装を解除、取り外した爆弾と魚雷は急ぎ弾薬庫へ収容せよ。艦攻のほうは燃料ならびに銃弾も抜いておけ。二航戦の艦爆隊は迎撃戦闘に参加、第一次攻撃から帰還した零戦と九九艦爆も同様とする」


 南雲長官はこれでいいかとの意を込めた視線を俺に向けてくる。

 うなずきつつ、俺は南雲長官にひとつのお願いをした。


 「『蒼龍』に搭載されている一三試艦上爆撃機を一機こちらへ回してもらえませんか。迎撃戦に万全を期したいので、俺はその後席から可能な限りの敵機を撃破します」


 「一三試艦上爆撃機の後席に旋回機銃があったかどうかはともかく、仮にあったとしても七・七ミリの豆鉄砲だったはずですが」


 俺の要望に南雲長官ではなく源田中佐が怪訝な表情で尋ねてくる。


 「まあ、これを見てください」


 俺はそう言って艦橋から出て上空に右腕をかざした。


 「火炎弾!」


 俺がそう唱える(叫ぶ)と同時に右手から火球が撃ち出され、上空へと向かっていく。

 中級モンスターを余裕で仕留めることが出来る出力で放たれたそれは、空中で高角砲弾とは比較にならない爆発威力を解放する。

 同時に艦橋からどよめきの声が上がるのが俺の耳に飛び込んできた。


 だが・・・・・・


 その少し後、俺は源田中佐に呼ばれた。

 彼は申し訳無さそうに声を潜めてこう語った。


 「誠に申し上げにくいのですが、緊急時以外は神の眷属の力をなるべく行使しないようにしていただけないでしょうか

 実は先程ジュンさんが放った火球について、他の艦から『赤城』に対して無線や発光信号による問い合わせが殺到したのです。このことで今、『赤城』の通信部門がえらいことになっているそうです」


 源田中佐の言葉に俺は自身の迂闊さを反省した。

 そして、自身が今置かれている状況を再確認する。

 ここは異世界ではなくて戦場なのだ、と。

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