第4話 雷撃の神様

 無責任女神ベティへの復讐はさておき、俺は先程から感じていた違和感の正体を悟る。

 俺がいる「赤城」の飛行甲板には零戦や九九艦爆、それに九七艦攻といった艦上機の姿が無いのだ。

 「赤城」は常用機六六機を運用するが、それらすべてを格納庫に収容することは出来ず、一部の機体は飛行甲板に露天繋止したうえで運用される。

 ということは、すでにミッドウェー基地を攻撃する第一次攻撃隊が出撃した後だということだ。


 「今、何時何分だ?」


 少しばかりあせりを覚えつつ、俺は下士官に時間を尋ねる。


 「現地時間で四日の四時五五分、日本時間で言うと五日の午前一時五五分となります」


 第一次攻撃隊の発進から三〇分と経っていない。

 どおりで飛行甲板がすっきりしている訳だ。

 つまり、今頃は第一航空戦隊の「赤城」と「加賀」、それに第二航空戦隊の「飛龍」と「蒼龍」から飛び立った一〇八機の戦爆連合がミッドウェー基地目指して進撃の途上にあるということだ。

 そして、俺の足下の格納庫では第二次攻撃隊の準備が慌ただしく行われている最中なのだろう。

 考え込む俺を五人の兵士は困ったように見ている。

 人間の力では歯が立たない若造をどう扱ったものかと思案しているのだろう。

 そのようななか、一人の搭乗員が小走りでこちらに向かってくる。

 それを見た俺を取り巻く下士官と兵たちが慌てた様子で敬礼する。

 俺は思考を一時中断し、その搭乗員に目を向ける。

 意志の強そうな、三〇過ぎのおっさんといったところか。

 身にまとうその雰囲気からかなりの猛者、階級も高いのではないか。


 「発着機部員から聞いたところによれば、飛行甲板に閃光とともにいきなり現れたそうだが。で、彼は一体何者だ?」


 油断なく俺に目配せしつつ、搭乗員は下士官に端的な言葉で質問を投げる。


 「申し訳ありません。名前も、それに何故この『赤城』にお姿をお現しになったのかもまだ確認がとれておりません」


 俺に対する下士官の不自然なまでに丁寧な態度に対し、搭乗員は眉をひそめる。


 「何があった?」


 搭乗員の押し殺した声に下士官が少しばかりたじろぎつつ俺をみやる。

 俺に対して説明の援護射撃を求めたのだろう。

 だが、無視した。

 いきなり殴りかかってきた人間を助ける義理はない。

 そんな俺の態度に、援護を諦めた下士官は、紡ぎ出すべき語彙に苦慮しつつもこれまでの経緯を搭乗員に語る。

 まあ、大人のパンチがまったく効かない、後ろから殴りつけた棒が魔法の呪文によってあっという間に灰にされてしまった話をしたところで誰も信用しないだろう。

 それでも途中で遮ることなく、黙って下士官の話を聞いていた搭乗員は俺にその鋭い眼光を向けてくる。

 地味女神からチートをもらっていなければ、俺は完全に気圧されていただろう。


 「いきなり殴りかかってきた、あるいは卑怯にも後ろから襲いかかってきたといったくだりが抜けているなど、少しばかり訂正してほしいところもありますが、まあおおむね彼の言っていることは合っていますよ」


 そこそこ忖度上手な俺は下士官の言葉を肯定する。

 他の四人の兵士もまた、下士官の言ったことは本当だと口を揃える。

 一人二人ならともかく、五人の下士官兵が同じ証言をしたことの意味は重い。

 搭乗員は俺に向き直り威儀を正す。


 「自分は空母『赤城』艦攻隊の村田少佐です。部署は違いますが、この度は部下が大変失礼いたしました」


 そう言って深々と頭を下げる。

 他人に頭を下げることはあっても下げられた経験がほとんどない俺は思わずパニくりそうになる。

 しかも、目の前で頭を下げているのは俺より一〇歳以上も年上の少佐様なのだ。

 口から言葉を出すとなぜか墓穴を掘りそうな気がしたので、俺は苦笑をたたえたまま気にするなと首を振る。

 今できる精一杯の演技だ。

 だが、その一方で俺の脳内データベースは村田少佐を検索している。

 軍艦好きな一方で飛行機のほうはさほど詳しくない俺でも村田少佐のことは知っている。

 真珠湾奇襲作戦で雷撃隊を指揮したのを皮切りに、開戦以降連合国軍をことごとく撃破してきた歴戦の指揮官。

 その卓越した技量から雷撃の神様という異名を奉られている有名人。

 他人の目が無ければサインをねだっていたかもしれない。

 その村田少佐が下士官とは真逆の丁寧な言葉で俺の素性、そしてなぜ「赤城」に現れたかについて尋ねてきた。

 なぜ俺が「赤城」に来てしまったかについては地味女神に聞いてくれと言いたいところだが、正直に話したところで疑いの数が増えるだけだろう。

 だから、俺は真実の中に適当に嘘を交ぜることにした。


 「俺の名は隼と書いてジュンと呼びます。まあ、その存在というか立場としては神の眷属だとでもお考えください。で、『赤城』に来た目的は第一航空艦隊を破局から救うためです。ですが、これは俺の意志でどうにか出来るものではなく、一航艦将兵の理解と協力が必要です。

 ただ、俺がこんなことを言ったところで村田少佐もにわかには信じられないでしょうからまずは予言だけしておきます。あと一五分から二〇分ほどで一航艦上空にミッドウェー基地から発進したカタリナ飛行艇が現れるはずです。その時点で一航艦の所在は米軍に暴露されることになります。

 俺としてはこのことを一航艦将兵に周知徹底してもらい、迎撃に万全を期してほしいところなのですが、さすがに突然現れた若造の言を真に受けることは難しいでしょう。なので、せめて艦橋に詰めているはずの一航艦司令部員と青木艦長にだけでもこのことをお伝え願えませんでしょうか」


 俺の回答を受けた村田少佐はさすがに思案顔になる。


 「ああ、一五分から二〇分と言いましたが、ひょっとしたら一〇分から一五分になったかもしれませんね」


 俺はカタリナが現れるまでのタイムリミットを村田少佐に意識させる。

 仮に村田少佐が一航艦司令部員にカタリナ出現の予言を報告したとしても大勢に影響はまったくと言っていいほどに無い。

 だが、このことで一航艦司令部の興味、うまくいけば少しばかりの信頼を勝ち取れるはずだ


 「私はジュンさんの言ったことをとりあえず艦長に報告しに行きます。それまでは申し訳ないが、ジュンさんにはここで待機してもらうことになります。それで構いませんか?」


 まあ、いきなり見ず知らずの人間を艦の中枢である艦橋にあげるのはどう考えても軽率あるいは無謀の誹りは免れないだろう。

 首肯した俺に村田少佐はホッとした表情をみせつつ下士官に命令する。


 「ジュンさんにお茶を差し上げろ。それと、椅子もな」


 そう言い置いて村田少佐は艦橋へと駆け出した。

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