第3話 空母「赤城」

 「ここはどこだ?」


 強い風が吹きすさぶ中、お約束の言葉を吐いてしまった自分に対し、俺は思わず苦笑してしまう。

 同時に感知魔法を少しばかり発動、五感の感度を高めつつ周囲を見回す。

 足元には木の板が張り巡らされ、周囲は見渡す限りの海。

 それだけで俺は理解した。

 ここは船の上、しかもその風の強さからいってかなりの速度を出している。

 船の形状を確認する。

 前から後ろまでまったくの平ら、左舷に小ぶりのビルのようなものが屹立。

 まごうことなき空母だ。


 「おそらくは『赤城』かあるいは『飛龍』といったところか」


 空母の艦型は多々あれど、左舷に艦橋を持つ空母は世界の中でこの二隻しかない。


 「生の空母を見られるのはうれしいけど、しかしなんでまたこんなところに俺はいるんだ?」


 そんな感想や疑問を抱いた俺の元に血相を変えた数人の男たちが駆け寄ってくるのが見えた。

 その様子に俺の本能、あるいはFランク大学の受験に失敗した低性能CPUの頭脳が警報を発する。

 もし、これが第二次世界大戦の空母だとすれば少しばかりやばい。

 この時代の軍人の気性はかなり荒いからだ。

 目下だと分かれば初対面の人間にさえ平気で暴力を振るうこともザラだ。

 だから、俺はとっさに防御魔法と身体強化魔法を自身に施す。

 魔法のほうはどのような種類のものがどの程度使えるかはっきりと理解していた。

 あるいは、ベティが俺にチートを施すのと同時にその使用法を記憶に刻み込んでくれたのかもしれない。


 魔法によって己自身が無事強化されたことに俺は安堵する。

 圧倒的な力は人に余裕と安心感を与えるという話を聞いたことがあるが、それは真実だったようだ。

 ちなみに防御魔法は至近距離で拳銃を撃たれても大丈夫なように、身体強化魔法は中級モンスターと素手でやりあえるレベルにしてある。

 ほんとうはさらに強化することも出来るのだが、そうなるとそれに見合った魔力を消費することになるのでやめておいた。

 金も魔力も節約するにこしたことはない。

 そんな俺は五人の兵士に囲まれた。

 同時にリーダーらしき男が口を開く。


 「貴様、いったい何者だ? どうやってこの艦に乗り込んだ?」


 俺に詰問する男は階級章をみるに、どうやら下士官のようだ。

 かなり殺気立っているご様子で、目には凶暴な光が宿っている。

 そんな男に、しかし俺は平然と世界共通のマナーを教えてやる。


 「人に物を尋ねるときはまずは自分から名乗るのが礼儀だろうが」


 以前の俺だったら強面の下士官殿にビビり倒していたはずだが、今は違う。

 目の前の男は俺にとっては虫けらにも等しい無力な存在だ。


 「貴様ッ!」


 俺の言葉に下士官の顔がどす黒く染まる。

 同時に右ストレートが俺の顔面めがけて突き出されてくる。

 あっ、本気のパンチだ。

 まあ、この時代の軍人に十代の若造がタメ口をきいたらこうなるよな。

 だがしかし、俺は躱すこともなく余裕綽々でそのパンチをもらう。

 もちろん、防御魔法が無ければこんな真似はとてもじゃないが出来たものではない。


 「気が済んだか?」


 自身が放った渾身のパンチに吹っ飛ぶこともなく、まして痛がるそぶりすらも見せずに平然としている俺に下士官が目をむく。

 同時にその目が何らかのサインを送ったことも俺には分かった。

 その直後、俺の後頭部に衝撃が走る。

 防御魔法のおかげで全然痛くはないしダメージもまったく無いが、それでも殴られたことは分かるし、分からなければそれはそれで危ない。

 念のために振り返ると、そこには折れた棒、ひょっとしたらあの有名な海軍精神注入棒かもしれないそれを握り、顔を青ざめさせている兵士の姿があった。


 「おい、棒が折れるほどの力で後頭部を殴ったら、普通の人間だったら下手をすれば死ぬぞ」


 そう言って俺は「火炎弾」と小さく唱え、火炎魔法を指先から放つ。

 ほんとうだったらファイヤボールとかファイヤショットといった響きの良い英語か和製英語を叫びつつ魔法を発動させたいところなのだが、現状を見るに不用意に英語は使わないほうが良さそうだ。

 スパイ扱いされてはたまらない。

 だから、不本意ではあるが、しばらくの間は日本語の詠唱で魔法を放つと俺は心のページに綴った。


 その俺の火炎弾は折れた棒を一瞬で消し炭にしてしまった。

 同時に俺を取り囲む五人の兵士の顔に恐怖の色が浮かびあがる。

 俺のことを人外ではないかと疑いはじめたのだろう。

 まあ、実際のところは地味女神にチートを授けられただけの元浪人生なのだが。

 いずれにせよ、俺は精神的優位を獲得したその機を見逃さない。

 不敵に笑いつつ、わざと声に凄み成分を加える。


 「まあ、初犯だ。俺に対する不敬は不問にしてやる。だから、答えろ。ここはどこだ」


 「『赤城』の飛行甲板だ、です」


 下士官の恐怖に引きつった顔、それに取り繕ったような敬語をよそに、俺は最初に思った「赤城」かあるいは「飛龍」ではないかという見立てが正しかったことを理解する。


 空母「赤城」。

 基準排水量が三六五〇〇トンにも達するまごうことなき大型空母。

 その一方で搭載機数は常用機が六六機と艦の大きさに比べて少なく、二〇センチ砲六門という空母としては破格の対艦砲撃能力を持つ一方で高角砲は旧式といういささかバランスを欠いた空母。

 本来であれば「翔鶴」型空母に第一航空艦隊旗艦の座を譲り、「加賀」とともに第五航空戦隊を形成するはずだった。

 だが、最新鋭空母であるはずの「翔鶴」型空母があまりにもひどい出来だったために艦齢を重ねているのにもかかわらずいまだに一航艦の旗艦を引退できずにいる。

 そんな「赤城」ではあったが、ミッドウェー海戦で沈むまでは東はハワイから西はインド洋まで縦横無尽に暴れまわった、いわゆる戦争初期における殊勲艦のひとつであり、そしておそらくは日本で最も有名な空母でもある。

 俺は今、その艦上にいるらしい。

 その事実に少しばかり呆然としてしまったが、それでも俺は気を取り直して質問を重ねる。

 何よりもまずは情報収集だ。


 「それで、今日は何年何月何日だ」


 「昭和一七年六月五日です」


 完全に敬語モードになった下士官の言葉に俺は息を飲む。

 米機動部隊が放った急降下爆撃機によって「赤城」が火だるまになる、まさにその日じゃないか。


 「やばい、マジでやばい」


 俺は焦燥を顔に出さないように気をつけつつ、胸中でベティに罵声を浴びせまくる。


 「何が成功率九割九分だ!

 あの地味女神、よりにもよって今日か明日にも沈むはずの空母なんかに俺を送り込みやがった!

 異世界ハーレムどころかいきなりの命の危機じゃねえか。あのアマ、絶対に許さねえ。今度会ったら○○してやる!」

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