第28話 孤独な扉
敦と川崎。二人の目の前には木製の扉が在る。
色は暗めの焦げ茶色。小さめのすりガラスの小窓が付いている。
(ええ? さっきまで無かったよな……)
見た目は屋内にある洋室などに使われるタイプだ。玄関に使われる奴との違いは表面が合板で覆われていて重圧感に欠ける程度であろう。
その扉は木枠と共に直接地面に立っていた。もちろん、周りに家が有ったような痕跡はなく、壁なども存在していない。何より、扉の重さを支える柱が見当たらなかった。つまり、不自然な状態で扉は存在しているのだ。
(どこでもドア?)
敦が最初に思った感想であった。子供時分に見たアニメの便利アイテムを思い出したのだ。
毎年、クリスマスプレゼントに欲しいと親にお願いして困らせたものである。今でもわりと本気で欲しいと考えている。
(どこでもドアってピンク色だったはず……)
敦はトンチンカンな疑問を抱いてしまった。それくらい慌てていたのかも知れない。
だが、問題点はそこではない。
まるでいつもの風景が異界に迷いこんだかのように変化している雰囲気である事だ。
「いつの間に現れたんだ?」
川崎がそう言いながら扉に近付いた。敦も続く。そして、二人で扉の周囲をぐるりと回った。
裏側も表と変わらない。木製で金属製のノブが付いている。ごく普通の扉であった。
「最初に見た時に公園には無かったと思う……」
ここまで異質なモノであれば、二人とも最初に気が付いたはずだ。だが、そうでは無い。
扉は最初からそこに有ったような雰囲気で佇んでいた。二人はその訳の分からなさいに唖然としてしまった。
ドンッ
突然、扉から大きな音が聞こえた。
「!」
「!」
いきなりの事で二人もビクッとしてしまった。
ドンッ、ドンッ
音は連続して響き渡り扉もそれと同時に振動していた。誰かが拳で扉を叩いている感じであった。
見ていると扉の向こう側から叩かれているらしい。試しに反対側に回り込んで見たが似たような感じで振動していた。つまり、扉を叩いている者は居ないのだ。
(おいおい、勘弁してくれよ……)
敦は不審に思いながらドアを眺めていた。すると、扉越しに中から人の声が聞こえてきた。
「おい、誰かそこにいるんだろ?」
声の低さから男性である事は分かる。小窓にも人物の影が写されていた。
背格好や体格は敦たちと同じぐらいと推測した。
「どうしたんですか?」
敦はつられて返事をしてしまった。
「ちょ、おま、まじかよ……」
川崎が焦った感じで敦に耳打ちした。訳の分からない状況で誰とも知れない相手に返事をする敦にビックリしたようだ。
「スマン…… つい……」
急に異常事態に遭遇すると正常な判断が鈍ってしまう。敦はそういうタイプなのだろう。
「扉が開かないんだよ」
ドアノブがガチャガチャと乱暴に動かされているのが見えた。
「そっちからドアを開けてくれよ!」
焦っている感じでイラついているようだ。
敦が川崎の方を見ると、彼は首を降っている。恐らくは開けては駄目だと言っているに違いないと敦は思った。
それには敦も賛成だった。
「部屋の扉が開かないんだ」
敦の声に元気付けられたのか男は扉をドンドンと叩いている。
「そっちからどうにか出来ないか?」
「どうにかと言われても……」
そう言われて扉を見渡したが、特に扉が開くのを邪魔しているような物は存在していなかった。
ドアノブも普通で鍵が掛かっている様子もなかったのだ。
「あの、こちらには特におかしなことはありませんよ?」
「そんなはずはない、扉が開かないんだ! 扉を開けてくれよ!!」
男はドアノブをガチャガチャと揺すり、会話の最中にもドアをドンドンと叩き続けている。
(あれ?)
ここで扉の男の声に聞き覚えがある事に敦は気が付いた。
(扉越しでくぐもって聞こえているけど、コレって川崎の声じゃね?)
敦はそーっと川崎の方を見た。川崎も同じ事に気が付いたらしく、目を見開いて扉を見ていた。
ここで敦は川崎が見た悪夢の事を思い出していた。エレベーターで有るはずのない地下に連れていかれて扉を開けようとする話だ。
「なあ……」
「ああ……」
敦が川崎に声を掛けようとすると、フッと扉越しの気配が消えたような気がした。扉を叩く音もドアノブをガチャガチャする音も消えている。
(ひょっとして、川崎が見ていた夢の扉って事なのか?)
二人は沈黙してしまっていた。
川崎の夢の話でも、扉を開けようとした所で目が覚めたと言っていたのを思い出した。
(向こう側に居た奴は目が覚めたとでも言うのか?)
扉の向こう側の気配が消えたので敦はそう考えていた。だが、それは川崎の夢の話であり、当人の川崎は敦の目の前にいる。
これは川崎の夢の世界の話ではなさそうだった。
「何だって言うんだ……」
そう言うと川崎は手を伸ばして扉のノブに触れた。
すると。
ドンッ
突然、扉から大きな音が聞こえた。扉が振動して震えている。
今度は全力で扉に体当たりでもしているかのような音だった。
「!」
「!」
いきなりの事で二人もビクッとしてしまった。
「ねぇ、開けてよ……」
先程まで聞こえていた川崎の声とは明らかに違う。少女の声が聞こえて来た。
(似ている……)
扉越しなので確信は持てないが川崎の妹の声のような気がしてきた。
(そう言えば川崎の妹も似たような夢を見ていたって言っていたな……)
挨拶程度しかした事が無いが、先程の事と関連しているような気がしたのだ。
(異世界と言うか夢の世界に入り込んだのか?)
(そして、此処はその反対側という……)
(でも、どうして今それを俺たちが見ているんだ?)
(夢を見ているはずの川崎が居るのにどうなってるんだ……)
次々と疑問が浮かんでは消えていった。
敦が躊躇している間にも扉のノブはガチャガチャと鳴らされている。
「そこに誰かいるんでしょ?」
少女は扉の反対側に誰かがいる気配を察しているらしい。
敦も川崎も無言で扉を見つめている。
「……」
「……」
返事をしようかと思っていると、扉の少女はガンガンと叩き始めた。
「ねぇ、意地悪しないでドア開けてよ……」
見るとスリガラスに人影が写っている。華奢で線が細く見え、髪の毛が長く一見すると女性の感じであった。
だが、敦はある事に気が付いて総毛立ってしまった。
スリガラスの位置は扉の上方にある。高さが目の位置であるから百六十センチであろうか。その位置に中の女性の肩が見えているのだ。
つまり、彼女は身長が二メートル近い事になる。一方、川崎の妹は百五十センチ程度だったと記憶していた。
(妹じゃないとしたら、この背の高い奴は何者だ?)
敦が考え込んでいる間も、少女の声は開けろと言い続け扉を揺らすかのように叩き続けている。
そして、スリガラスには影だけが動いているような状態であった。
(開けると拙い事になるような気がする……)
敦は本能的にそう感じていた。
扉はこちら側とあちら側を隔(へだ)てる境界線だ。そして、何処に繋がっているのか分からないのだ。
(良く夢の扉を開けるなんて比喩されるけど、コレはどう考えても違うような……)
川崎の方を見てみると、眉間に皺を寄せて考え込んでいるようであった。この状況が面白くないのだ。
彼にも声の主は妹では無い事が分かっていると敦は思っていた。
(人ではない何かが、こちらの世界に出ようとしているんだ)
敦は再び扉の周りを見てみようと裏側に回ってみた。何度見ても扉しか無い。
川崎の性格から考えると彼は真実を確かめようと扉を開けようとするであろう。だから、開けないようにと注意するつもりだったのだ。
「やっぱり扉しか無いみたい……」
そう言いかけるのと川崎が扉の中に入っていくのは同時であった。
「雄一っ! 待つんだーーーーっ!」
敦の呼びも虚しく川崎は扉の中に消えていった。
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